![]()


私たち市川家と富士山は、切ってもきれない縁があります。市川家は甲州出身で、武田軍団の一員だったと言われています。甲州から千葉に下り、そして江戸に寄って役者になったと言われています。
ま た、歌舞伎の中にも富士山はたくさん出てきます。富士山は、江戸の市民の誇りを表す文句であったのでしょう。歌舞伎によく演じられる「曽我兄弟の仇討ち」 にも、必ず富士は登場します。「仮名手本忠臣蔵」の女衒の源六は「富士のお山に腰をかけ」と言い「俺はすごいのだ」という気持ちを誇示しています。また、 成田屋十八番「助六」も「富士と筑波をかざし草」という文句があります。それは、西に富士があり、東には筑波がある、そしてその間に私はいるのだという誇 りをもったものです。
さらに万葉集の中の「田子の浦ゆ」という歌では、田子の浦を通ると雪の降った富士山が見えた、素晴らしいと、その雄大さに感嘆しているものもあります。
こ のように富士山は、その時代の人々の誇りや感動など、日本人の心を表すものとして昔から使われてきています。そういう意味で、富士山は非常に文化的価値が 高いのではないかと思います。そのような富士山が世界遺産に登録されたのなら、日本人としても、歌舞伎役者としても、非常に喜ばしいことだと思います。