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富士山は日本人にとって昔から身近な存在でした。東京に生まれた自分にとっても子供のころの昭和二十年代、都内の富士見坂、富士見町といわれる場所からはもちろんですが、様々な所から富士山がよく見えました。それが時代と共に次第に見えなくなりとても残念です。
明治時代、日本に近代医学を伝えたドイツのベルツ博士は、富士山について「誰にも冒されない威厳を持って海上からそそり立ち、われわれに挨拶をしている。」と描写しています。なぜ子供のころ、富士山の存在感を大きく感じたのか不思議に思っていました。きっと、富士山には「威厳」と「親近感」の二面性があるからだと思います。富士山がいつまでも美しく気高く存在していれば、われわれは幸せではないでしょうか。
そして、そのようにあり続けてもらうためにもひとりひとりが意識して行動する必要があります。それは、なにも難しいことをするのではなく「隣人を愛せよ」という言葉があるように、身の周りのものを大切にすることです。自分ひとりだけならゴミを捨ててもいいだろうという考え方をあたり前にしてはいけないと思います。
富士山が、日本の誇りから世界の誇りになるよう願ってやみません。