

2008年11月9日、富士山交流プラザ(静岡県/富士市)にて海外の識者と国内の先行事例責任者を招 き、登録要件を具体的に探るための討議が行われた。世界文化遺産にふさわしい富士山の価値を 世界に説明し、その価値をどのように守り、次世代に伝えるのか。
基調講演Ⅰ 『「顕著な普遍的価値」の概念の発展』 クリスティーナ・カメロン氏
基調講演Ⅱ 『文化的景観と世界遺産条約』 ノーラ・J・ミッチェル氏
パネルディスカッション
パネリスト/コーディネーター紹介
世界文化遺産条約を支える「顕著な普遍的価値」は世界の人と人を結びつける要素の探究という試みに根付いたアイデアだ。条約の真髄をな す言葉だが、条約では定義されていない。採択の二、三年後に世界遺産委員会の作業方針で初めて「国家間の状態を超越し、人類全体にとって現代、将来世代に 共通した重要性を持つような傑出した文化的な意義、または自然的な価値を意味する」と定義された。その後も遺産登録の審査のたびに世界遺産委員会で問い続 け、肉付けされている。
「顕著な普遍的価値」があると認定されるためには、作業方針に載った十の評価基準の一つ以上を満たす必要がある。富士山は「顕著な普遍的価値を有する出来事や伝統、信仰、芸術作品などと直接または実質的に関連」という基準viに関わってくると思う。
登録の判断には、さらに「真正性」や「完全性」、継続な保護の確保も求められる。
「顕著な普遍的価値」の定義をめぐる議論は今も続く。理由の一つは遺産リストが増え、遺産の意味が薄れる恐れが出て来ているためだ。委員会は価値の厳正な解釈や、価値の落ちた遺産の抹消を主張してきたが、遺産は増え続けている。
登録遺産の不均衡の問題も続く。条約国の増加に伴い「リストが世界の多様な文化や地域を代表してない」という苦情が 出始めた。そこで「文化的背景」のカテゴリーとバランスのとれた世界遺産一覧表のための「グローバル戦略」という二つの措置が取られた。それにより対象が 広がり、文化人類学的視点も加えて候補を推薦していこうという動きが生まれた。消えたものだけではなく、今も生きる文化的伝統も登録できるようになった。 信仰的、精神的意味が今も生きる富士山にかかわる項目だ。
真正性も、文化的景観のカテゴリーから生まれたことでヨーロッパ的な物質的な定義だけでなく、無形の関連価値も認める方向に変わった。
最後の理由が、世界遺産システムの政治化の問題だ。委員会は専門家の参加が義務だが、最近は外交官中心になっている。技術的討議から政治的討議に移っていることを示す。政治的考慮が専門的考慮を上回ったら、リストの信頼性が損なわれる。
登録はプロセスの最後でなく、長い保存プロセスの第一歩だ。美しい地球の進化や人間の創造的な多様性を示す世界遺産を次世代につなげていかねばならない。
「顕著な普遍的価値」は定まったものではない。委員会は明確な基準を求めているが、議論は将来も続くだろう。価値の判断は機械的に行われているではなく、多岐多様な文化的背景を持つ個人の判断によってなされているからだ。
「文化的景観」は1992年に、世界遺産リストへ登録推薦できる対象として正式に認められた。世界遺産委員会の作業指針の中では「自然環境による物理的制 約や機会の影響下で、また、社会的、経済的、文化的な内外への力から継続的に影響を受ける中で、人間の社会と居住地が長い時間をかけてどのように進化して きたかを零章するもの」と表現されている。
今年7月までに63の文化的景観が認定され、保護されるようになった。
文化的景観が「顕著な普遍的価値」を持つことを実証するためには、類似した価値を持つその他の資産との比較分析が有効である。94年に委員会のグローバル 戦略が各地域のテーマ別研究を提唱した。テーマ別研究が行われていない分野ならそれを実施し、登録推薦の提案文書につけることが効果的だ。分析は審査の際 に諮問機関や委員会が洞察眼を深める材料となる。
文化的景観を推薦する場合「顕著な普遍的価値」を示すために必要な要素をすべて「完全性の宣言」に盛り込まなければならない。境界線を適切に設定すること が大切で、景観と関連性を持つ文化的グループの知識やローカルコミュニティー、ステークホルダーが持つ伝統的な考えが重要になってくる。
管理は「顕著で文化的な価値」を維持しながら文化的景観の変化を導いていくことが役割になる。管理のプロセスを成功させるためにも、登録推薦書を各段階から幅広い関係者に参加してもろうことが重要だ。
条約が文化的景観を明確に認めたことで自然と文化の関わり合いが十分見詰められるようなった。この考えこそが今の条約の中核的な考えになっている。そして さらに意義深いことはそのことが、締約国の自らの景観遺産を地元、地域、国、国際的レベルでで保護しようと考える触媒になっている点だ。
1. 日本の富士山から世界の富士山へ
○富士山の価値をいかに伝えていくか
●世界から見た富士山
●「文化的景観」としての富士山
●富士山が備える「顕著な普遍的価値」
2. 国内の先行事例から考える:世界文化遺産登録「紀伊山地の霊場と参詣道」からの学び
○紀伊山地の価値、富士山の価値
3. 世界の富士山を守っていくために
世界から見た富士山
稲葉
世界文化遺産にふさわしい富士山の価値を世界に説明し、その価値をわたしたちがどのように守り、次世代に伝えるのか。そのキーワードがシンポジウムのタイ トルになっている「富士山の象徴性」。皆さんと一緒に考えたい。まずは三人のパネリストから富士山のイメージや、来日してみた富士山の新たな発見をうかが いたい。
カメロン
富士山について知ったのは子供のころで、芸術が好きな母のコレクションに葛飾北斎の浮世絵があった。今回、富士山を見て感銘を受けた点は二つ。第一に、なんて大きい規模なんだろうということ。存在感、規模、景観の大きさ、もう一つは精神的、信仰的重要性があるということ。
ミッチェル
私は学校で富士山について学んだ。冨嶽三十六景で、白波が立ち富士山が背景にあるイメージが強い。日本に来てからは象徴的イメージ、文化的、精神的な力、 そういった山の存在感を知ることができた。この三、四日間、わたしたちは富士山をぐるりと回った。富士山はその形が、光が変わり、雲が移り変わった。見る たびに、富士山は違った美しさを示していた。
稲葉
富士山を世界文化遺産に登録するとき、日本のシンボル、日本文化のシンボルと言う言葉だけでなく、具体的に世界遺産としての価値があるということを説明する必要がある。
カメロン
ある遺産がその国のシンボルだからという理由で世界遺産候補になった例は無かったと思う。近いものを挙げるなら、南アフリカのロベン島。ネルソン・マンデ ラ氏が政治犯として収容された監獄島。ただ、南アのシンボルではなく、困難を乗り切る力、人間として価値観を守り抜くということを象徴している。
稲葉
世界遺産の原爆ドームも人々の心に訴えるものを持っている。富士山は自然と文化が触れ合い、人間が自然からどのように知恵を授かり、生きてきたかが重要な 象徴性になると思う。ただ、世界遺産のもう一つの側面として数が増えすぎている。類似の遺産と比較し、傑出した普遍的価値を説明しなければならない。
ミッチェル
(来日して)ここ数日間で経験した富士山は(世界文化遺産候補の中で)かなり劇的な例になると感じた。人間と自然、文化の相互作用、自然に対して文化が反応しているところに富士山の非常に重要な価値がある。
「文化的景観」としての富士山
稲葉
富士山の「文化的景観」について探ることも重要だと思う。ミッチェルさんはその領域の専門家。基調講演で比較研究が大事と話していたが富士山はどんな形で比較研究を進めるべきなのか。
ミッチェル
講演では自然と文化の相互作用という話をさせてもらった。富士山は人と自然、文化と自然の相互作用の一つの例になると思う。火山地帯特有の生態系があり、 草原や樹木といった自然に文化がどのように反応したのか、そこに富士山のとても重要な価値がある。この相互作用と登録基準要件をすべて付き合わせてみるこ とが必要だ。また推薦する際は世界レベル、地域レベルそれぞれで系統的に似ている遺産と比較する視点が重要だ。中国にも遺産登録されている山がある。比較 対象の一つと考えてみてはどうだろう。
稲葉
霊山、聖なる山といえばニュージーランドの「トンガリロ国立公園」など世界にいくつかある。やはり富士山は、日本に近い中国の山と比べるべきなのか?
ミッチェル
もちろん地域間の文化は比較しやすい。アジア地域ならば伝統的にも類似している点が多いと思う。分析をどう進めるかは自分たちで決めればいいのだが、世界レベルと地域レベルの両方で見ることを勧める。
カメロン
カナダの例だが、植民地時代のコロニアルタウンを世界遺産に登録申請したが、世界遺産委員会が申請書を送り返し、すべてのイギリスのコロニアルタウンを調 べるよう要請してきたことがあった。イギリスは世界中に植民地を作ったので、そんなことを言われても不可能だ。そこでICOMOS(国際記念物遺跡会議) と交渉し北米と中米のコロニアルタウンに比較対象を絞って調査することになった。遺跡にもよるが、地域的違いもあるので、地域比較で十分ということを正当 化することはできると思う。
富士山が備える「顕著な普遍的価値」
稲葉
富士山の象徴性や神聖性を、信仰との関係、芸術との関係で「顕著な普遍的価値」に結び付けるには、どう考えていけばいいか。
ミッチェル
特に富士山本宮浅間大社で見た曼陀羅図は精神的な伝統、景観という形が描かれ、非常に重要な一つの例証だと思う。曼陀羅図で見た(水ごりなどの)儀式も、 富士山との関係や精神的な伝統を描写的な形で継承している活動として、まさに価値を示しているものと言え、非常に感銘を受けた。
カメロン
(「顕著な普遍的価値」の評価)基準のiii(文化的伝統を伝承する物証として無二の存在)にある文化的伝統の連続性は、今日の富士山にもあると思った。 富士山の神社や湧水、清めの儀式、修験道などには文化的伝統が表現されている。さらに信仰性も取りこんでいることは基準vi(信仰、芸術的作品との関連価 値)と言える。信仰的な価値の表現に美をも取り込んでいる意味では、一連の何世紀にもわたる芸術作品の美と神聖性との関連性が見いだせると思う。1930 年代の紙幣など多くの形で例証されるように、芸術家が富士山を描くのに繰り返し使ってきた視点の管理、保護も重要で、物理的場所と芸術作品との関連性にも なる。これら二つの基準を一つのたたき台にすれば、顕著な普遍的価値が示せるのではないか。
ミッチェル
三保の松原からの富士山は天候が悪くて見えなかったが、存在感があり、過去に多くの芸術家が時間を割いて海越しに富士山を見、描いたイメージが浮かぶよう な気がした。富士山の芸術作品群が国際的にも芸術的影響が与えたことは(芸術との関係を示す)十分な一つの証拠になると思う。
稲葉
私としては、曼陀羅図の一番下に三保の松原、一番上に富士山頂、神仏があるという一体の自然観が、まさに基準iv(景観を代表する顕著な見本)だと考えている。生きている伝統や芸術・文学作品などと関係のある迫力ある自然の母体が富士山の価値だと思う。
ミッチェル
基準ivの景観については、精神的な伝統を言っているのであれば、基準iii(無二の存在)と組み合わせて証明するとうまくいくのではないか。
紀伊山地の価値、富士山の価値
稲葉
吉野・大峯を修行の場とする修験道が世界遺産としてどんな価値を持っているのか話してほしい。
田中
紀伊山地と参詣道は熊野という神道の霊場、高野山という真言密教の霊場、吉野という修験道の霊場という三つの異なる霊場が一つの道でつながれ、神仏を分け 隔てなく拝んできた日本の多様な形式の信仰が今も残っている。自然の中に神や仏を感じる信仰が実践として残っている点に日本の宝としての価値がある。世界 遺産は個々の国の宝を個々の国で自覚し、世界共有の宝として守っていこうという理解の上に成り立っている。まずは自分たちの宝を理解することが大事なので はないか。
稲葉
登録作業で修験道の価値の説明をどういう形で進めたのか。
田中
修験道は明治時代に国によって禁止され、17万人の山伏が還俗(げんぞく)させられたが、江戸以前は山伏はそこら中にいて、私たちと深いかかわりがあった ことをまず知ってもらわないといけない。山も川も木も草も全部成仏するという自然観の中に成り立った日本独特の宗教、文化であることを自覚することが大 事。明治以前の山修行では、神も仏も分け隔てなく尊び、自然の中にある自身を超えたものを畏怖(いふ)することがたくさんあったが、近代以降は急速に衰え てきた。感じたそのままを関係者に訴えたことで理解され、推薦の筋道が開かれたと思う。西洋人が北斎の版画を見て感動するのは、北斎自身が富士山や白波の 絵の中に神聖なものを感じる感性があって描き、それが少なくともキリスト教以降の欧米にはなかった文化だから。その感性は私たちが持ってきた大事なものだ という自覚は、富士山を見ていく時に大変重要だ。
稲葉
富士山の象徴性をどう考えるか。
田中
世界遺産は、国の宝をその国が自覚をし、世界共有の宝物として守っていこうという理解の上で成り立っている。富士山は日本で最も高い秀麗な山。
富士山が何を象徴しているか、と考える時、欧米と日本との文化的な違いを見ていかなければならないと思う。キリスト教が浸透する以前の欧米にはいろいろな 信仰があり、山にも聖なるものがあった。だがキリスト教が広がってから、山は悪魔が住む場所になった。西洋の登山はわずか200年ぐらいの歴史しかない。 ところが日本人は役行者(えんのぎょうじゃ)という修験道の開祖以降、1300年にわたって山をあがめ、山に入って修行するカルチャーを持ってきた。欧米 で山を絵に描くというカルチャーはなかったが、日本では雪舟が那智の滝を絵に描いて国宝になったり、自然の中に神聖性を見いだして描いてきた。富士山に は、日本人が自然に対して抱いてきた畏怖や神仏に対する神聖な思いなどが集約されている。美しいことと聖なるものは近い存在だが、富士山は姿からして神仏 に近い景観を持ち、日本人はその中に神や仏を見てきた。そこに気付かなければ富士山の世界遺産としての価値は生まれない。
世界の宝を守るための自覚
稲葉
遺産の保存管理体制の確立にどう取り組んできたのか。これからはどういう形で進めていくのか。
田中
平成16年(2004年)の世界文化遺産登録後、吉野に限ってはその年に観光客が20倍に増え、17-19年も登録前の2倍をキープしている。登録に向け ては、吉野の神聖性や歴史性を再認識してもらうとともに、自然環境を守っていきたいという目標があったが、観光客が増えてこれらが壊れることがあれば、何 のための世界遺産か分からないわけで、ゆゆしき問題だ。ICOMOS(国際記念物遺跡会議)が定めた国際文化観光憲章の中に「カストディアン」(第一の門 番)という大変重要なキーワードがある。これは世界遺産の自然と文化を守っていく役目を担う人々のことを指す。富士山の場合も世界遺産にする以上、浅間神 社の神主や地域住民、行政の人々など各部をもってカストディアンに自分がなるんだと自覚しなければいけないのではないか。私は紀伊山地の霊場と参詣道の保 全管理の三県協議会とは別に、吉野大峯の保全に関する官民の協議会を立ち上げた。来年には三霊山と三霊場の保全のための連絡協議会を発足させ、常に「第一 の門番」という使命を感じながら取り組んでいる。富士山においても、山を保存、管理するための「カストディアン」が活躍することを願っている。
ミッチェル
いろいろな組織の中でそれぞれが役割を果たしていかなければならない。それぞれのやり方で貢献していくことが必要だ。将来のビジョンを持った連絡協議会をつくることは大変良いことだと思う。
カメロン
冒険的な気持ちで世界遺産を目指す観光客が押し寄せ、宗教儀式の妨げになることはないか。観光管理について何か対策を講じているのか。
田中
行政は観光客を呼ぶキャンペーンを仕掛けるが、放っておくとどんどん冒険巡礼者は増える。大峯奥駈道は一般人が冒険気分で入ると(修験道のため)命が危な いので、観光客誘致をしたがる行政を止める働き掛けはしている。外国人観光客も日本語ができないと(警告が理解できず)修行は危険なので連れていかない。
稲葉
富士山の世界文化遺産登録に向けては、十分な保存管理がなされるかどうかも重要だ。遺産を守っていくために、この先どんな準備やプロセスが必要か。
カメロン
世界遺産委員会は、今ある遺産の保存状態を確かめる作業に、新しい遺産をリストに加える作業の二倍以上の時間を使う。また、自治体などいろいろなステーク ホルダー(関係者)が調整を取りながら保存管理に取り組んでいるかも厳しく検証する。保存管理や規制の法的枠組みなどがあることを証明し、世界遺産を守っ ていくための調整委員会を組織することが必要だ。富士山の登山者数は今年は45万人と聞いている。観光産業や観光客の管理も今後、重要な要素なってくる。 観光業者は収益を上げるためにいろいろな施設を造る。関係者と同じ責任感や倫理感で動いてくれるとは限らない。関係者は観光産業を管理する必要がある。観 光産業に管理されてはいけない。世界文化遺産になると観光客は二倍にも増える。これに対応できるようにしなければならない。
ミッチェル
産登録に向けて多くの人たちの意識を高め、何が期待され、何に貢献できるかを認識してもらうことが重要だ。遺産の保存管理に関与している人たちの努力に対 し、組織的な形で法的、行政的、技術的に支援をすることも必要。伝統的な管理の境界はなくさず、関係者の同意を得ながら今ある保存の取り組みを強化するこ とも、協力的管理の一つだと思う。
稲葉
世界遺産の観光は何を伝えたいのかを、関係者が協議した上でコンセンサスを得ていくことが大事だ。
田中
世界遺産は登録がゴールではなく、保全、保護のためのスタート。富士山の世界文化遺産登録活動は日本のシンボルとして、日本人が損ないつつある信仰心や自 然観を取り戻す地域の活動として大切だと思う。富士山も世界遺産に手を挙げてから掃除が行き届き、きれいになった。これは素晴らしいことだ。こういう活動 をぜひ続けて、地域の意識を向上させてほしい。
カメロン
世界遺産は私たちの人間としての在り方の一部。残さないと、地球が私たちに何千年もかけて提供してくれたものを失うことになる。(富士山の世界文化遺産登録に向けて)皆さんが選ばれたこの道を突き進んでほしい。
ミッチェル
シンポジウムを機に、皆さんには富士山の素晴らしい価値を次の世代に残し伝え、(保全管理の体制の)質をさらに向上させるようお願いしたい。

モントリオール大学建築学部教授
カナダ・リサーチ・チェア(建築遺産)教授
2005年、モントリオール大学建築遺産分野のカナダ・リサーチ・チェア(カナダ政府直属の研究教授)に任命される。それ以前は、パークス・カナダ(カナ ダ公園管理局)で遺産担当行政官としての35年以上にわたるキャリアを有する。パークス・カナダ国家史跡部門(National Historic Sites)の長官としてカナダの史跡管理に携わり、遺産保全プログラムと教育プログラムを中心にカナダ全体の監督を行った。2008年3月には、カナダ 公務員の功労を顕彰する最高の賞である「Outstanding Achievement Award of the Public Service of Canada (顕著な業績を挙げたカナダの公務員に贈られる賞)」を受賞した。
世界遺産委員会の神田代表団長を20年近く務めた。また、議長(2回)、ラポター、ビューロー会議メンバーを務め積極的に委員会活動に関わってきた。さら に、数々の国際専門家会議(「戦略的計画(1990-1992年)「」「歴史的運河(1994年)」「世界遺産リストの代表性に関するグローバル・ストラ テジー(1994年)」「文化的景観(1998年)」「作業方法(1999-2000年)」「世界遺産先住民族専門家会議設立の提案(2001年)」」の 議長を務めた。2008年7月には、ケベック(カナダ)で開催された世界遺産委員会でも議長を務めた。
カナダおよび米国にて文学、美術史、博物館学を研究し、ブラウン大学(ロー ドアイランド州プロビデンス)で修士号(1970年)を、ラバル大学(ケベックシティ)で建築史博士号(1983年)を取得。1970年代より、カナダ の建築、遺産管理および世界遺産をテーマに活発な執筆活動を続けている。

バーモント大学(バーモント州バーリントン)客員准教授
バーモント大学ルーベンスタイン環境自然資源学部客員准教授。その専門的研究を通じて、米国内はもとより、ユネスコ世界遺産
センター、国際記念物遺跡会議 (ICOMOS)、国際自然保護連合(IUCN)と連携し、文化的景観の評価、理解、管理に貢献。発表論文は数多く、「文化的景観−その保全の課題 (Cultural Landscapes: the Challenges of Conservation)」、「普遍的価値をもつ文化的景観(Cultural Landscapes of Universal Value)」を寄稿しているほか、「景観保護の手段−自然、文化、地域社会のつながり(The Protected Landscape Approach; Linking Nature, Culture, and Community)」では共同編集者を務めた。モンタナ大学で生態学修士号を、タフツ大学で環境計画・政策修士号を取得、さらに、タフツ大学で景観学博 士号および多分野にまたがる学位を取得している。

1955年京都府生まれ。71年吉野金峯山寺にて得度。74年延暦寺学園比叡山高校卒業後、1年間吉野山東南院で随身生活を送る。同年四度加行満行。79 年龍谷大学文学部仏教学科卒業。80年伝法潅頂履修。81年叡山学院専修科卒業、同年金峯山修験本宗総本山金峯山寺奉職。89年金峯山寺一山宝勝院住職就 任。93年一千座護摩供修行満行。94年同宗及び金峯山寺教学部長、2001年金峯山修験本宗宗務総長、金峯山寺執行長に就任、同年自坊(宗)林南院住職 就任、現在に至る。現在、銭本仏教会評議員、国際仏教興隆協会評議員、日本山岳修験学会評議員、吉野ユネスコ協会副会長などを務める。「吉野大峯」「大峯 修行道(大峯奥駈道)」の世界文化遺産登録(紀伊山地の霊場と参詣道)に尽力された。

筑波大学大学院人間総合科学研究科
世界遺産専攻教授
工学博士。専門は文化遺産保存及び建築史。1991年から2002年3月まで文化庁文化財調査官として、主に建造物・町並み分野で文化財保護行政に携わる 2002年4月から2008年3月まで東京文化財研究所文化遺産国際協力センター国際規格情報研究室長として、文化遺産の保存に関する一般的な政策研究の ほか、アフガニスタン・バーミヤン遺跡、インド・アジャンタ遺跡などの保存に関わる。
2008年4月から現職。遺産の概念、保護の理念から政策に至るまで、文化、自然、有形、無形、動産、不動産を問わず、幅広く各国や国際機関の動向についての比較研究を行っている。静岡県が富士山の世界遺産登録に向けて設置した学術委員会の委員。