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認定NPO法人 富士山世界遺産国民会議理事長 青柳正規 Japan is Beautiful

2013年、世界遺産として富士山が登録された。日本にとってはシンボルであり、日本人にとっては心のふるさとである富士山。その美しさと崇高さを後世へ受け継ぐため、今、私達にできることを認定NPO法人富士山世界遺産国民会議理事長・元文化庁長官である青柳正規氏にうかがった。
《世界に誇る、富士山の美しさとはどのようなものでしょうか?》

「天然の造形美」と「荒々しい自然の脅威」が表裏一体富士山は日本の自然の縮図である

四方を海に囲まれた日本は、四季の変化に富み、美しい自然が魅力。実に、国土の約7割が森林で覆われていています。その一方、森林の大半が、江戸時代からコツコツ植林を続けた人工林であるということも、日本の自然体系の大きな特徴となっています。そのため、ある程度人間が介入しなければ、森林は機能や美しさを保持できず、当然、土砂災害などの脅威にさらされることも少なくありません。

豊富な自然と、荒々しい自然の脅威。この2面を同時に持つことが日本の自然の特徴であり、おもしろいことにこれらはそのまま「富士山」という特定の存在の中にも見られます。すなわち、なだらかな裾野が優雅な印象を与える天然の造形美と、昔から噴火を繰り返し、人々に災いをもたらしてきた自然の威力、この2つが表裏一体となって富士山の価値を形成しているのです。

確かに、自然災害は不幸な出来事かもしれません。しかし、東日本大震災がそうであったように、災害は人々につながりの大事さを思い出させ、国としての団結力を強固にします。古来、日本人は災害のたびにそうした苦しみを乗り越え、たくましくも新しい未来を創造してきました。そういう歴史も、富士山に代表される日本の自然が果たす機能のひとつと言えるかもしれません。

《日本の美しい自然・文化・心をサステイナブルなものとするために、国、企業、個人としてできることは?》

「循環性」と「連続性」その中で、日本の美しい自然や文化を確実に継承する

日本文化を見渡すと、「循環性」と「連続性」というキーワードが浮かんできます。たとえば、伊勢神宮では20年に一度「式年遷宮」を行い、社殿や神宝などを新しく造り変えます。この際、大切なことは以前とまったく同じものを造ること。当然、職人達の間で技術の継承が確実に行われていなければ瓜二つのものを再現することはできません。

かつての日本では、こうした技術の継承があちこちで行われていました。もっと日常的なことでいえば、雲の様子から天気を占ったり、気候の変化から農作物の出来を予測したりする知恵が、当たり前のように世代を超えて受け継がれてきたのです。このように、日本は「循環性」と「連続性」を母体に独自の文化を育んできました。明治以降、日本は近代化を果たし、高度成長を実現します。そこでも日本は連綿と受け継がれる技術と知恵を礎に発展を成し遂げてきたのです。

現在、多くの企業が「循環性」と「連続性」の価値を見直し、CSV活動に力を入れています。「企業は利益を上げればいい」という時代は終わり、理念の普遍性や立ち居振る舞いの美しさが、その企業の価値を決定するようになりました。地域の特性を生かして多様性を発揮し、日本の美しい文化や自然を後世へ引き継ぐために企業として、あるいは、個人として何ができるか。私達にそうした想像力が求められています。そして、そうした活動を「日本」という単位に集約し、求心性をもたせていくことが、国に期待される役割ではないかと思います。

《日本の自然・文化・心を継承するために、次世代の子ども達を育み、守ることの重要性とは?》

富士山を軸にした愛国心と愛着心を育成未来の可能性を次世代へ引き継ぐ

私自身、海外に留学した経験から、自然と愛国心について考える機会が多くなりました。今回、認定NPO法人富士山世界遺産国民会議理事長就任のお話をいただいたときにお引き受けしようと決意したのも、「日本のシンボルである富士山を軸に据えて、日本国民が一丸となれるイベントを活性化すれば、誰もが富士山に愛着を持ち、日本そのものに対しても愛国心を持てるはず」と考えたからです。その愛国心は、戦前の国威発揚に基づいた概念的なものとは違います。昔から霊験あらたかな聖山として崇められ、他の山々とは一線を画して語られる富士山をシンボルに掲げれば、日本人が愛国心を持つきっかけとなり、日本という郷土を愛するようになるだろうと思いました。

現在、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けてインバウンド対策はますます加速しています。しかしその一方で、私達は次世代を担う子ども達への価値継承も改めて再確認しなければいけません。彼らがやがて大人になったとき、夢見る未来をあきらめずに済むように、限りある資源を私達の代で浪費することなく可能性を残しておく。これこそサステイナブルな価値継承であり、また、彼らの心で育つ愛国心が、より良い日本へ導く原動力になるのだろうと思います。

この記事は株式会社アトムが発行しているタブロイド紙「Share the Real」に掲載されたものです。

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