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富士山インタビュー

僕にとって富士山は眺めるものではなくて、その自然の中に身を置いてエネルギーをもらう場所

2002年に富士河口湖町に移住された福田六花さんは現在、地域医療に携わりながら、音楽活動も行い、
地元で開催されるトレイルラン・レースのプロデュースもしています。
富士山の自然への思いを、語ってくださいました。
写真:井坂孝行/インタビュー・文:木村由理江

医者と音楽と走ること。3つのバランスがとれているのが一番いいですね

−3つの肩書きを持つに至った経緯から教えてください。

 最初に始めたのは音楽です。高校生くらいからセミプロでやってました。高校2年生の頃に突然医者になろうと思ってからも、森鴎外(医者・作家)や手塚治虫(医者・漫画家)のように、医者とミュージシャンを並行してできたらいいと思って、学生時代も音楽をやりながら医学の勉強をしていたんですよ。ただ24歳で外科医になると決めてから10年間は、外科医の修行に専念しました。音楽を再開したのは、少し時間に余裕ができて、日曜には家に帰れるようになった32、3歳から。ところがその間に僕はすごいメタボになっていたんです。ほぼ病院に泊まり込むような生活が続いてましたから、ストレス発散は食べることだけ。しかも質は求められないから量で満たすしかない。気がついたら29歳の時に93キロまで体重が増えてました(笑)。

−今の体型からは想像もつきませんね。

 で、大学の医局から長野県の諏訪中央病院に出向していた32歳の時に、毎年秋に行われている諏訪湖マラソン(ハーフマラソン)に誘われたんです。病院のスタッフがたくさん出るから、一緒に出ようって。「こんなに太ってるんだから無理だよ」って断っていたんですけど、結局、少しだけ練習して走ったら、ギリギリ完走できた。肉体的にはボロボロになったけど、すごく爽やかな体験でした。そこで、走る世界の人になろうって自分の中のスイッチがパッと入ったんです。34歳の時にフルマラソンを初めて完走してからは、さらに走ることが楽しくなって、気がついたら体重は減ってました。それ以降、医者と音楽と走ることを3つ並行してやっています。比重はどれも同じ。その3つのバランスがとれているのが一番いいのかな、と思いますね。

−富士河口湖町に移って来られたのは、何がきっかけだったんですか。

 2年くらい東京で生活した後、自然の豊かなところに住んで走ろう、医者もやろう、音楽もやろうという発想になった時に、いただいたお誘いの中に富士河口湖町の病院があったんです。富士山のことはほとんど意識しなかったんですけど、病院を見に来た時に周辺を車で走ったら、湖を取り囲む山や森がきれいで、なんだか北欧の風景だな、と。空気もすごく気持ちよくて、自分はこの土地に呼ばれているような気がしたんですよ。それで2002年に移住して来ました。

2012年に始まったウルトラトレイル・マウントフジ。富士山の麓を旅するような感覚で走ってもらえたら嬉しいな、と思っています

−山中を走るトレイルランを知ったのは、こちらに住み始めて1年後くらいだそうですね。

 富士河口湖町に住んでいる、モデルでアウトドア関連の仕事もしている木村東吉さんと知り合って、毎朝5時半に集合して2人でバトルして走っていたら、ある日、東吉さんが「山を走ろうぜ」って。まだ日本でトレイルランなんて誰もやってない時代でしたけど、すっかり虜になりました。山道は起伏に富んでいるから状況も見える景色も刻一刻と変わる。ぜいぜい言いながら坂を登って、一瞬視界が開けた途端、ジェットコースターのように走り降りる爽快感といったらないし、朝の森に陽が差し込んで来た時の、まるで天使が降りて来たかのような風景も素晴らしいし。本当に気持ちがいいんですよ。

−トレイルランのレースのプロデュースをするようになったきっかけは?

 いろんなレースやマラソンに出ているうちに、2007年くらいから雑誌『ランナーズ』で連載を始めることになったんですよ。そこで、トレイルランのことを書いているうちに、プロデュースの話が来たんです。最初にプロデュースしたのが2007年に始まった富士山麓トレイルラン。翌年、依頼を受けて九州にレースを作った後、富士河口湖町から、本栖湖・精進湖エリアに人が集まるレースを作って欲しいと言われて、2009年に青木ヶ原樹海を利用した富士山原始林トレイルランを立ち上げました。樹海は世界で一番美しい森だと僕は思っているので、そんなエリアでレースを企画してくれと言われて嬉しかったですね。

−その後、2012年に始まったウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)のプロデュースに関わることになったわけですね。

 トレイルランは北米とヨーロッパではすごく盛んで、ヨーロッパにはモンブランの周りをぐるっと1周走る、ウルトラトレイル・デュ・モンブランというレースがあるんですね。この姉妹レースをアジアに作りたい、ヨーロッパのモンブランに対抗しうる山はアジアでは富士山しかなかろう、ということになって、富士山の周りでレースを作っていた僕に声がかかったみたいです(笑)。

−ハードなレースなんですか。

 ハードですよ(笑)。今年も9月23日から25日の開催が決まっていますが、5回目になる今回の距離は約165キロ、累積標高差約7500メートル。これは大体ヒマラヤ山脈に登るくらいの標高ですね。それを制限時間46時間以内に走りきるわけですからね。2014年から、ウルトラトレイル・ワールドツアーという世界選手権に相当するレースの1つになったので、世界中からもトレイルランの選手が集まって来ています。参加者は2400人で、去年はそのうち500人が外国人選手でした。

−コースは決まっているんですか。

 今の段階ではまだフィックスはされてないですね。自然環境や野生動植物の保護にも配慮しながら、毎年新たにコースを考え、申請し、許可をもらっています。富士山の自然環境の素晴らしさを伝えたいという思いもあるので、湖畔、森、登山道、歩道、林道などを通りながら富士山麓をぐるっと1周できるようにしています。あと、コースに入っている11市町村全部にUTMFの実行委員会に入っていただいていて、手をつないでいただいているんですよ。

−県をまたいで横のつながりが! それはいいお話ですね。

 ええ。で、各市町村にエイドステーションを1カ所ずつ設けて、食べ物やマッサージなどを提供してもらっているんですが、それぞれにご当地グルメを出してもらっているんですよ。だからレースではあるけれど選手たちが、それぞれの土地のものを食べて、それぞれの土地の人に出会うという、自分の足で11市町村を旅するような感覚になっているといいな、と勝手に思っています。将来的に160キロのコースがフィックスされたら、一般の人が、例えば1日に20キロずつ歩いてそのコースを1周できるようになるといいな、とも思いますね。富士山はどこから見るかで表情が全く違ってくるから歩いても楽しいし、それぞれの市町村も活性化するでしょうからね。

富士山は5合目までが素晴らしい

−福田さんが考える富士山のオススメの場所はどこですか。

 5合目から頂上を目指すのもいいと思いますが、実は富士山は5合目までが素晴らしいんですよ。旧道の細い登山道の両側は手つかずの原生林だし、江戸時代の頃にできた古い神社や石碑や禊場があったりする。それを見ながら一歩一歩登ってると、ああ、ここは本当に神様がいる場所だな、というのがひしひしと感じられます。あと、樹海ですね。樹海にはネガティブなイメージがありますけど、遊歩道に沿って歩いていれば迷うこともないし、ちゃんと携帯電話もつながるし磁石も働きますよ(笑)。樹海は西暦864年の貞観の大噴火の時に流れた溶岩の上にできている特別な森なので、だからこその多彩な植生も見られるし、本当にきれいな森です。ぜひ、みなさんに来ていただきたいですね。

−改めて福田さんが考える富士山の魅力を教えてください。

 僕は何しろ富士山の持つ自然が好きなんですよ。そこには目に見えないけれど神様がいるのをすごく感じるから、トレーニングそのものはきつくても、富士山を走るのは嬉しくてしょうがないんです(笑)。平日の夕方、鹿の遠吠えが聞こえる中を1人で黙々と走ってると、大自然の中にいるなあと思えるし、自分の存在なんてちっぽけなものだと実感できる。押しつぶされそうなこともいろいろありますが、富士山がちゃんと見守ってくれていて勇気をくれる。だから頑張れるのかなって勝手に思っています。僕にとっての富士山は眺めるものではなくて、そこに体を持って行って、エネルギーをもらう場所なんですね。だから2005年に家を建てる時も、あえて富士山ではなく湖が見える場所を選びました。この町にいると、どこからでも富士山は見えるし、移住して最初の3年は、正面に富士山が見えるところに住んでいて、富士山は美しすぎてむしろ疲れる、と感じていたので。

−去年生まれた男女の双子のお子さんは、これから富士山の懐に抱かれた環境で、富士山を見ながら育っていくわけですね。

 自分がどこか1カ所に長く留まるとは思っていなかったんですが、48歳で思いがけず結婚して、50歳で子どもが生まれたら、やっぱりここで子どもを育てたいな、と思うようになりました。富士山とこの湖と森の自然に思いっきり親しんで育ってもらいたいんですよね。まだ幼すぎて何もわからないと思うけど、週末はなるべく子どもたちを連れて山に登ったり、いろんな空気に触れさせたいなと思っています。

福田六花
ふくだりっか

1965年2月24日 東京生まれ 名前の由来は六角形の雪の結晶。聖マリアンナ医科大学大学院修了。医学博士。外科医として1000例以上の手術を執刀。現在は富士河口湖町の「介護老人保健施設はまなす」施設長を務める。高校時代から始めた音楽活動を、現在も継続中。また多くのレースに出場し、自らも6本のレースをプロデュースしている。現在、雑誌『ランナーズ』で「シンガー&ランニング・ドクター福田六花の50歳からの"子育て奮闘記"」を連載中。さらに富士山GoGoFMの「Be with U」(日曜日12:30〜13:00)ではパーソナリティと選曲、構成を担当。4月10日に開催されるグアムインターナショナルマラソン2016にゲストランナーとして出場予定。著書に『走れ! 六花ーメタボなドクターは、こうして「ランナー」になったー』(ランナーズ)、『耳鳴り・不眠・高血圧に効く「純正律」CDブック(「完璧な和音」が自律神経を整える)』(マキノ出版)、鏑木毅氏との共著『富士山1周レースができるまで〜ウルトラトレイル・マウントフジの舞台裏』(山と渓谷社)等がある。

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家

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