ニュース

ラベルの中の富士山 その二

 

ミネラル2.jpg

ラベル画:水平 譲氏【東京美術学校卒】 

 

1929年(昭和4年)の創業以来、富士ミネラルウォーター社は順調に成長してきた。

しかし、ここにも戦争が影を落とすことになる。

1941年(昭和16年)の太平洋戦争勃発後、「敵性語」が禁止となり、

「ミネラルウォーター」の文字は「富士鉱泉」に変更を余儀なくされた。

写真は当時の貴重なラベルである。

現在、水を買うことにまったく抵抗はないだろう。

しかし、戦前から水を販売している同社にとってはどうだったか?

「開業当時から、水は売れたのですか?」

不躾な質問を同社広報室にしてみたら以下のようなお答えを頂いた。

戦前に「水を飲む會」を実施し、今で言う、通販のようなシステムで、本数をまとめて宅配していたとのこと。

現在、水の宅配はかなり普及しているが、その分野においても同社はパイオニアだった。

また、当初、皇族、華族と言った一部の限られた方から販売を開始し、

少しずつ、一般にも浸透させていった、と言うこともお教え頂いた。

ミネラルウォーターが稀有の存在であった時代から、現在に至るまで、

富士山麓で採水された天然水は日本の食卓に欠かせない水であった。

このラベルはそんなミネラルウォーターの歴史を如実に物語ってくれている。

2007年より、富士山により近い富士吉田市の標高840mの地点で採水している。 

supported by