元旦や一系の天子富士の山
(がんたんや いっけいのあまこふじのやま)
この俳句の作者は内藤鳴雪。
徳川慶喜(よしのぶ)が1867年10月に大政奉還を申し出た年に内藤鳴雪(ないとうめいせつ/1867 – 1926)は江戸に生まれた。
鳴雪は正岡子規より20歳も年上であったが、俳句に関しては子規を師と仰いでいた。もちろん、鳴雪自身も子規派の長老として子規派を支えた。
『一系の天子』とは、天皇制のことで、富士山と共に世界に比類なきものを指している。
鳴雪にとって 富士山は天皇と同じぐらい尊い存在だったことがうかがえる。
しかし、時代は幕末。幕府と天皇の関係が大いに揺れている。
俳人鳴雪にとって、富士山と天皇を一つの俳句で読み上げたこの句はとても興味深い。
2021年、今年は丑年
年男です。
2021年も富士山世界遺産国民会議と223マガジンをよろしくお願いします。
撮影 本人
羽田空港より日の出を撮影しました。
※写真は元旦のものではありません。