川村京子さん

山田流筝曲/一中節「都一すみ」、笛「福原草百紫草」名取り
東京に生まれる。10歳のとき、偶然に見たテレビで放送された中能島欣一の箏演奏に感動し、箏の稽古を始める。お茶の水女子大学付属小、中、高等学校を経て、東京芸術大学音楽部邦楽科山田流箏曲専攻。在学中、山田流箏曲を人間国宝の中能島欣一芸大教授に師事。卒業時、皇居桃華楽堂にて御前演奏の栄誉を授かる。一中節を人間国宝の十一世都一中家元に師事し、1975年に「都一すみ」の名を許される。また笛を福原流宗家で人間国宝の寶山左衛門及び福原徹に師事し、1998年「福原百紫草」の名を許される。
富士を愛する筝曲家
子供の頃、通学路で富士山が見えた日は、一日中気持良く過ごせたことが思い出されます。現在は、新宿の高層ビル群に遮られ、その場所から富士山を見ることはできなくなってしまいました。
本当に、富士山には不思議な力があります。電車から、車から、飛行機から、富士山が見えた時には、思わず「ああ、富士山」と声をあげ、何だかとても幸福な気持ちになります。
江戸時代にも、富士山は人々にとって特別な山だったのでしょう。三橋検校作曲の筝組曲に「四季の富士」という曲があります。その頃の人々の富士への思いを思い描きながら、いつも稽古しています。次に歌詞をご紹介させていただきます。

「四季の富士」

(一) 田子の浦波うち出でて 見れば雲井に高き名の 山の姿に四つ時分くるぞ 分きていひ知らぬ

(二) 春は霞の朝もよひ 昨日の雪をそれながら 上なき花の色ぞとて 見るや山は富士の根

(三) 雪にたとへて三重がさね 扇をとれる手の内 夏は消えて夕暮れの眺めをうつす富士の根

(四) 秋葉さらばり月雪 見ぬ人にしも語りなば なかなかに 言はでやみなん富士の根

(五) 深冬になれば都人 待つらん雪を鳥が啼く 東に住めば朝なぎに 見てこそあらめ富士の根

(六) 時しらぬ時しらぬ 山は富士の根いつとてか 鹿の子斑に雪の降るらん 鹿の子に雪のふるらん

この曲が演奏されつづけることを願いつつ富士山のすばらしさを日本中、世界中の人々に改めて知ってもらい、大切にしていくことを良い機会になればと思い、世界文化遺産登録を応援したいと思います。