辻村深月さん

小説家
辻村深月(つじむら・みづき)
1980年2月29日生まれ。山梨県笛吹市出身。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著作に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『名前探しの放課後』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(以上、講談社)、『本日は大安なり』(角川書店)、『オーダーメイド殺人クラブ』(集英社)、『水底フェスタ』(文藝春秋)など。『ツナグ』(新潮社)で第32回吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で第147回直木三十五賞を受賞。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。
大人になってから、県外に住む友人を富士の麓まで案内すると、みな、その姿が見えた瞬間に喜び、はっきりと息を呑むのが聞こえる。ああ、そうか、この人たちは生まれて初めて富士山を観るんだ。ひょっとしたら、観ないままだったかもしれないんだ、と思うと、私までその感動が伝わるようで、ついつい、「もっとたくさんの人に観てほしい」と願ってしまう。

山梨県で生まれ育ち、かたわらに富士山の気配を感じ、身近に思ってこられたことは、なんと贅沢なことだったろうか、といまさらに気づく。
自分のものでもないのに妙な使命感にすら駆られ、そんな友人を案内する前日には「どうか明日は晴れてくれますように。富士山が観られますように」と祈りながら眠りにつく。

こんなおせっかいな富士山の応援団が、きっと何人もいるのだろう。自分の原風景に富士があることが、大人になった今、とても誇らしい。