原辰徳さん

読売ジャイアンツ 監督
1974年 東海大相模高に入学。1年から中軸として活躍し、75年の選抜大会で準優勝を飾るなど、甲子園に4回出場。1977年 東海大に入学、同年に全日本選手権準優勝するなど活躍し、80年のドラフト会議で巨人軍から1位指名を受ける。1981年 プロ1年目に新人王を獲得。95年に引退するまで、1675安打382本塁打1093打点を記録。2002年 巨人軍の監督に就任し、同年にリーグ優勝、日本ーを達成。03年シーズンまで指揮をとる。06年から再び、監督に就任し、07年から3年連続リーグ優勝(09年は日本一)を達成。2009年 第2回WBCで監督として日本チームを二連覇に導き、国際野球機構から世界最優秀監督に選出。
表彰(2011年9月現在)最優秀選手賞、最多打点(83年)最優秀新入賞(81年)ベストナイン (83, 87, 88, 90, 91年)ゴールデングラブ(87、88年)正力松太郎賞(02、09年)世界最優秀監督賞(09年)
小学生の時に父親の転勤で神奈川県に引っ越して以来、東海大相模高、東海大時代はずっと、富士山を身近に感じて野球に打ち込んでいました。特に、大学の練習場は富士山がはっきりと見える場所にありました。苦しい練習の合間には、雄大で気高い富士山の山姿を見て、自らを奮い立たせたのを覚えています。

読売巨人軍監督の一番の仕事は、チームを日本シリーズに導き、日本ーになることです。巨人軍はいつも、日本一の富士山のように、堂々と気品を備えながら戦っています。

サムライジャパンがWBC(ワールドベースボールクラシック)を連覇し、日本野球の実力を世界に知らしめたように、太古から日本人をその美しい姿で励まし続ける富士山が、早期に世界遺産に登録され、世界の人々にもその素晴らしさを知ってもらえることを祈っています。