「融通無碍の富士山」
1年間、富士山を追いかけたことがある。テレビの仕事で、四季折々の冨士山を、山麓の人々暮らしを追ったのである。そこで感じたことは、みんな富士山が好きで、しかも自分が暮らしている土地から見える富士山が最高だと信じていることだ。
山梨の人は、峰の間から天をさして登っていくような意志的な富士山がいいという。静岡の人は、海を前に置いて、裳裾を開いたような優美な富士山が美しいという。旅人の私は、どちらも好きなのだが、山梨にいれば山梨の、静岡にいれば静岡の冨士山がいいと思ってしまう。それだけの富士山は融通無碍なのである。誰にも愛されるはずだ。
富士山は求めれば、雲の向こうに隠れて姿を見せてくれない。あきらめて帰ろうとすると、背後で雲の間から思わせぶりにちょっとひげ頭を見せてくれたりする。なんだか恋のかけひきでもしているかのような気になった。