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ラベルの中の富士山 その二

 

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ラベル画:水平 譲氏【東京美術学校卒】 

 

1929年(昭和4年)の創業以来、富士ミネラルウォーター社は順調に成長してきた。

しかし、ここにも戦争が影を落とすことになる。

1941年(昭和16年)の太平洋戦争勃発後、「敵性語」が禁止となり、

「ミネラルウォーター」の文字は「富士鉱泉」に変更を余儀なくされた。

写真は当時の貴重なラベルである。

現在、水を買うことにまったく抵抗はないだろう。

しかし、戦前から水を販売している同社にとってはどうだったか?

「開業当時から、水は売れたのですか?」

不躾な質問を同社広報室にしてみたら以下のようなお答えを頂いた。

戦前に「水を飲む會」を実施し、今で言う、通販のようなシステムで、本数をまとめて宅配していたとのこと。

現在、水の宅配はかなり普及しているが、その分野においても同社はパイオニアだった。

また、当初、皇族、華族と言った一部の限られた方から販売を開始し、

少しずつ、一般にも浸透させていった、と言うこともお教え頂いた。

ミネラルウォーターが稀有の存在であった時代から、現在に至るまで、

富士山麓で採水された天然水は日本の食卓に欠かせない水であった。

このラベルはそんなミネラルウォーターの歴史を如実に物語ってくれている。

2007年より、富士山により近い富士吉田市の標高840mの地点で採水している。 

ラベルの中の富士山 その一

  ミネラル1.jpgのサムネール画像

 ラベル画:水平 譲氏【東京美術学校卒】 

 

 

 「223マガジン」を書こうと思ったきっかけは、この(写真の)ラベルにある。

「芸術」は美術館や画集の中だけでなく、身近なところにも豊富にある、

という私の持論に沿って、そのようなアートをご紹介しよう。

 

「富士ミネラルウォーター社」のラベルである。

富士ミネラルウォーター社の歴史は、そのまま日本のミネラルウォーターの歴史と重なる。

1929年(昭和4年)創業の堀内合名会社が富士身延鉄道株式会社(現JR東海 身延線)所有の

山梨県下部(しもべ)で湧出する名水を利用し、販売を開始している。

日本初のミネラルウォーターの誕生である。

さらにこの年、富士山麓電気鉄道(現富士急行)が、大月~富士吉田間を開業。


これによって富士山が身近になり、現在の富士登山の大動脈ともなった。

奇しくも同年、東京と下関を結ぶ特急列車に鉄道省の公募により「富士」と「櫻」という名が付けられ、

「富士」の名前が一層脚光を浴びることになる。

まさに富士尽くしの年、このラベルで国産初の卓上水を売り始めた。

そんな富士ミネラルウォーター社のお宝ラベルを数回に渡り、紹介していくので、ぜひお楽しみに!

富士山一合目からの旅 その二

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禊所の案内より抜粋

古来よりここから先は、富士山の聖域とされていました。

これより先へ向かう道者は大正期頃よりここでお祓いを受け、身を清めてから山頂を目指しました。

そのため、この禊所は「オハライサン(お祓いさん)」とも呼ばれていました。

 

 

 

集合場所から車で移動し、標高1,450メートルの「馬返し」に到着。

ここからは「乗ってきた馬を返す」ほど斜面が急になることを表している。

しかも、ここは俗世間と聖域である富士山を繋ぐ「結界」でもあった。      

そんな緊張感のある雰囲気が、眠気の残る体をピリッと覚醒させてくれる。

登山を前に、参加者全員でラジオ体操をして、いよいよ出発。

「禊所」(みそぎじょ)と呼ばれる場所を過ぎ、さらに10分ほど歩くと      

「一合目」と書かれた案内が見えてくる。

この「一合目」という響きがちょっと新鮮だ。標高は1,520メートル。

「そうか、ここがやっと一合目なのだ!」という感慨がよぎる。

案内の後方には、朽ちそうな木造の建物がある。

そこには「鈴原天照大神社」と書かれている。もちろん扉を閉ざしている。   

かつてここに大勢の参拝者が訪れたに違いない。目を閉じると、

そんな賑わいが聞こえてきそうだ。

 

道幅は極端に狭くも無く、斜度もほどほどで歩き易い。

さらに、何と言っても周りの緑の深さが素晴らしい。

景色を十分に楽しみながら、仲間とも会話が弾む。

 

(続く)

  

 

  

富士山一合目からの旅 その一


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ゆっくりとした歩調で、一合目を目指す。

「五合目から登る」ことが、富士登山では普通のことだと思われている。

 しかし, これは現在の「普通」であり、昔の「普通」は「一合目から歩く」ことだった。

以前、私も五合目まではバスで行き、そこからは徒歩で頂上を目指した。

五合目からは、ひたすら岩山を登る感覚を覚えた。

この感じ方は決して私だけのものではないだろう。

富士山に登った方の大半は、「富士山は単調な岩山を登る」といった

イメージを持たれるのではないだろうか?

そんな私に「富士山は一合目からが良い」と教えてくれた方がいた。

五合目がある以上、当然一合目があることは頭では理解できる。

しかし「一合目から、ですか?」と腑に落ちないでいたら、

「富士山は岩山だと思っているだろう。本当は緑豊かな山なんだよ。

熊野古道って行ったことあるかな?」と話が続いた。

「はい、あります」と応える私。

「私はね、あの熊野古道よりも富士古道のほうが断然良いと思っている。」

そんな会話にもインスパイアされて、今回の富士古道の旅は始まった。

スタート地点は富士急行線富士吉田駅から車で約20分の「馬返し」とする。

「富士は岩山」といったイメージは、この古道を行くと、完全に覆される。

(続く)

今日も手ぬぐい!その二

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春に「出番」のある手ぬぐい。それが、この手ぬぐいだ。

図柄は「桜富士」。桜と富士山のコラボレーションは、日本人の心そのものを表わす。

この時期、私はさり気無く、且つ、これ見よがしにこの手ぬぐいを持ち歩く。

人の集まる場所などで、取り出そうものなら「おっ!桜に富士とは、これまた粋な!」

と注目が集まり、笑顔を誘うこと必定!

手ぬぐいが、単なる道具から最高のコミュニケーションツールへと変身する一瞬だ。

富士山と桜にまつわる祭りは色々あるが、今見られるとしたら、

「富士芝桜まつり」(富士本栖湖リゾート/5月29日まで)はいかが?

その名は「桜」でも、桜と同じ種ではない。

しかし、桜の名に恥じず、地を這うようにして美しい花を咲かせる。      

ソメイヨシノより遅い時期に満開を迎えるので、関東近辺に住んでいる方なら

ソメイヨシノが散ってから、もう一度「桜」を楽しむことができる。

みなさんも富士を眺めながら、ピンクの絨毯を、ぜひ堪能して頂きたい。

この手ぬぐいは、代官山にある「てぬぐい専門店かまわぬ」で購入した。

「てぬぐいごよみ」という一連のシリーズの一枚である。

 

「富士芝桜まつり」の詳しい情報は下記まで

 

http://www.shibazakura.jp/

  

 

 

  

今日も手ぬぐい その一

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春夏秋冬、ほぼ毎日、私のポケットには一枚の手ぬぐいがある。

「手を拭いてよし」、「頭に巻いてよし」、「モノを包んでよし」、

正に万能ツール、それが手ぬぐいだ。

 

とても身近な存在だが、元々はそうではなかったらしい。

手ぬぐいのルーツは、平安時代の神事装身具だった、という説もある。

昔は布が高価だったため、一部の貴族だけが使用出来たのだろう。

しかし、江戸時代以降、綿の栽培が飛躍的に盛んになるとともに、

手ぬぐいも一躍、市民が日常使いできるアイテムに変身したわけだ。

手ぬぐい好きな私は、富士柄のみを買い求めているわけではないが、

富士柄を発見すると無条件で購入してしまう。

サイズは一尺×三尺(33センチ×90センチ)が基本とされる。

ポケットサイズのアート富士である。

 

てぬぐい専門店かまわぬ

 http://www.kamawanu.co.jp/

缶バッジはお土産の王様

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六本木にある国立新美術館のミュージアムショップで、缶バッジを買った。

何とも言えない我楽多(ガラクタ)感が、たまらない。

 

「NIL(ニル)」ブランドのこの缶バッジには、

作家の内田賢吾さんか、息子の智速さんのクレジットが付く。

缶バッジのテーマは《 バッジで世界旅行? 》

メッセージ性のあるものも良いが、何と言っても、スベーニアの王様とも

言えるのは「観光地バージョン」。

中でも、「富士山缶バッジ」は一番のお気に入り。

 

これ以外にもエッフェル塔、エアーズロック、タージマハルなどが揃う。   

新作スカイツリーもヒット間違いなし。

バッジを胸に世界旅行へ行こう!

 

問合せURL

NIL    http://nilsite.com/mobile/top_menu.html

国立新美術館 http://www.nact.jp/

フジヤマで乾杯!

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人生において、楽しい酒宴の存在は、かなり大きなウエイトを占める。

友人との久しぶりの語らい、仕事の成功を祝う乾杯、これからの季節なら、

花見での一杯もあり、そしてなにより美しい女性との泡のようなCheers!  (強がりです)。

どんなシチュエーションでも良い、乾杯が人生に大きな喜びを与えてくれるのは、間違いのないところ。

そんな乾杯のためのグラスがこれ。

富士山の形をしたグラスは、まさに富士山の世界遺産登録を祝うために作られたような逸品。

フジヤマグラスへキンキンに冷えたビールを注げば、乾杯の度に、富士山が姿を現すという粋な仕掛け。

このグラス、元々は「Tokyo Midtown Award 2008」のデザインコンペにおいて、

審査員特別賞(水野学賞)を受賞したもの。

あまりに出来が良かったので、その後、商品化されることになったそうだ。

発売から3年が経つが、常に在庫切れが続くヒット商品。

さあ、今日もビールを注いで富士山を拝み、何に乾杯しましょうか?

 

 

商品名:富士山グラス(フジヤマグラス)

産地:日本 スガハラ工芸硝子株式会社

サイズ:グラス:約φ60(上)×90(底)×H80mm
        箱:約W110×D110×H102mm
容量:約280ml
素材:ソーダガラス(無鉛ガラス)/専用桐箱入り

価格 3,776円

富士山切手コレクション その1

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1991年1月にスタートした、人気シリーズ「ふるさと切手シリーズ」から「茶摘み」の切手を紹介。

静岡と言えば銘茶、そして茶摘み。とりわけ富士山の下での茶摘みは、静岡ならではの風物詩である。

お茶の栽培については、諸説あるが、唐へ留学していた高僧たちが持ち帰ったのが始まりと言われている。

静岡のお茶のルーツは、これは鎌倉時代、聖一国師という高僧が、現在の静岡市足久保に種を蒔いたのがルーツと言われ、

聖一国師は静岡茶の始祖としても知られている。

以後、戦国武将の今川家や徳川家がお茶を珍重したことが、静岡茶のブランド形成にも繋がっていく。

そして、この名画のような切手である。

原画は静岡県浜松市出身の版画家、前田守一の作。

茶摘み風景をテーマとした切手は、まさに、ふるさと切手の王道と呼べる一枚。

今回のコレクションは、1997年4月25日に発売されたもの。

私の唯一の趣味だった切手コレクションを、このような形でお披露目できて、光栄です。

富士山を旅しよう

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良く晴れた日曜日、江ノ島を訪れた。目的は富士山の撮影。

冬の晴れた朝、ここ江ノ島大橋は絶好の撮影ポイントになる。

江ノ島に渡るにはこの大橋があるが、橋のない昔は、

片瀬海岸からは引き潮の時だけ洲鼻(すばな)という砂嘴(さし)が現れ、

地続きとなって江ノ島まで徒歩で渡ることができた。

 

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私にとって、実家の二階のベランダから見えた富士山と共に、

かつて住んでいた片瀬海岸のこの橋から見える富士山が「my favorite 富士」である。

 

皆さんの「my favorite富士」はどこから見る富士山ですか?

その後、引越しをして、江ノ島富士は日常的に見える富士山ではなくなってしまったけれど、

時おり訪れては旅の気分を味わっている。

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