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富士山インタビュー

地元・富士吉田の御師街としての500年の歴史に触れて、とてもロマンを感じています

2012年、富士山と富士吉田市の魅力の発信をしたい、と16年住んだ沖縄からUターンした加々美久美子さん。
富士吉田市の歴史と文化への知識を深めながら、積極的に活動しています。
写真:井坂孝行/インタビュー・文:木村由理江

富士山の神霊と信仰登山する人の仲立ちをしていたのが御師です

−ガイドをされている旧外川家住宅について、教えてください。

 富士山世界文化遺産の構成資産25件のうちのひとつで、国の重要文化財でもあります。御師住宅の小佐野家住宅も構成資産ですが、ご家族が住んでいらっしゃるので、そちらはレプリカが公開されています。ですからこの地区で見学できる御師住宅は旧外川家住宅だけで、1768年に建てられた母屋は、現存する御師住宅の中では最古のものです。御師というのは富士山の神霊と登拝者の仲立ちをした人たちで、祈祷だけでなく登拝者の宿泊の世話をしていました。金鳥居から始まる大きな通りの両脇に、全部で86軒の御師住宅があったと言われています。富士山が世界文化遺産に指定された理由は"信仰の対象と芸術の源泉"ですが、見学できる旧外川家住宅がなかったら"信仰の対象"という部分は説明が難しかったかな、と思いますね。ですからぜひ、みなさん、富士吉田を訪れた際にはまず旧外川家住宅にいらしていただきたいです。館内ガイドから富士講や富士吉田の歴史の話も聞けますし、そのあとに北口本宮冨士浅間神社に行かれて、神社の右手奥から始まる吉田口登山道をご覧になると、当時の人たちがどんなふうに富士山に登っていたかが、よくおわかりいただけると思います。

−富士吉田の方たちにとって御師は、馴染みの深い存在なわけですね。

 意外とそうでもないんですよ(苦笑)。御師住宅があるのは上吉田という地域だけで、同じ富士吉田でも違う地域の方は、構成資産になって初めて知った方も多いみたいです。「御師住宅ってどんなところだろう?」という感じで訪れる地元の方も少なくないんですよ。私も富士吉田出身ですけど、ご縁があって旧外川家住宅でお世話になると決まってから富士講や御師の勉強をして知ったことがほとんどです。富士山がそこにあって、普通に人々が暮らしていると思っていたけれど、そこにとんでもない歴史や文化があった。富士吉田の街が500年も前から御師の街として栄えていたのかとか、子どもの頃から見慣れていた金鳥居は登山道の入り口として富士講の人たちが建てたものだったのかとか、当時は通りを白装束の人がたくさん歩いていたんだと想像したら、すごくロマンを感じましたし、奥深さに驚きつつ、もっともっと勉強しなきゃなと思っているところです。

富士山の魅力を発信したいと、16年住んだ沖縄から戻りました

−加々美さんはずっと地元を離れていたと聞きました。どんな経緯で地元に戻られたんですか。

 東京で15年くらい出版関係の仕事をして、35歳の時には大好きだった沖縄に移住しました。最初の4年間は本格的な沖縄の工芸品を扱う会社に勤めて、そのあと10年、沖縄の出版社の営業を担当していました。でも49歳の時にふと、このまま営業の仕事を続けるのは体力的に難しいな、と思って。それで会社を辞めて、国内旅行業務取扱管理者の国家資格をとろうと学校に通い始めたんです。18歳の子たちと、机を並べて勉強したんですよ(笑)。

−バイタリティありますね。

 沖縄は大好きだったからずっと住み続けようと思っていたし、旅行業も沖縄でやるつもりだったんですけど、それまで富士山を思い出すことがなかったのに、だんだん故郷が恋しくなってきたというか・・。母に「そろそろ富士山が世界遺産になるわよ」という話を聞いて、富士山はすごく素晴らしいけど、PRがまだまだ足りないぞ、と勝手に思いまして(笑)。富士山を全国の方に紹介したいな、と思ってすぐに帰って来ました。

−それが2012年。4年前ですね。

 そうです。いろんな観光関係の会社で仕事をしているうちに、ご縁があって旧外川家住宅のガイドをさせていただくことになったんです。それをきっかけに、きれいな富士山をもっと全国に発信したいという気持ちだけだったのが、富士吉田という街を含めて発信したい、と思えるようになった。地元の魅力を改めて知ることができて本当によかったです。

−富士山がきれいだなあ、というのは、いつ頃から感じていたんですか。

 子どもの頃は、いつもそこにあったので、改めて眺めることはなかったですね。東京に出てからは、地元に帰って来る時に「ああ、富士山が見えてきた」って。沖縄から戻って来てからは、毎朝富士山を眺めているし、よく携帯で写真も撮ってますけど、ずっと地元に住んでいる妹たちは「何がおもしろいの?」って。沖縄の人が海のきれいさを意識しないのと一緒なんでしょうね。地元から1度外に出たからこそ気づける魅力もあるのかな、と思います。

−昨年12月には、カフェ「北口夢屋」もオープンさせたそうですね。

 築450年くらいの空き店舗を活用してお店を出す人を募集していたんですよ。沖縄にいた頃も、那覇で1年くらい手相カフェをやっていて、いずれはやりたいな、と思っていたから「よし」って立候補しちゃいました(笑)。

−果敢ですね(笑)。

 周りからは、突然何かを始めるって思われているみたいですね(苦笑)。確かにそうなんですよ。思い切りよく沖縄に行ったり、10年続けた会社を辞めて旅行関係の専門学校に通い出したり、いきなり地元に戻って来て旧外川家住宅のガイドをやって、次はカフェ。しかも54歳で開店ですからね(笑)。大掛かりなリノベーションだったから、けっこう大変だったんですよ。「若い人はビビってできない、ある程度、年齢がいってる加々美さんだからできたね」っていろんな人に言われましたけど、私とすれば、「もう後がない」っていう感じです(笑)。母には「あなたのやることは一貫性がない」とよく言われていましたけど、これまでやってきたことがすべて今、このカフェで役立っている気がします。

去年、お鉢巡りをして眺めた景色が素晴らしかった。
富士山頂には極楽浄土があると実感しました(笑)

−富士山にまつわる一番の思い出を教えてください。

 去年の夏の登頂ですね。前に登ったのは25歳くらいの時だから、ほぼ30年ぶりですね(笑)。当時は東京に住んでいて、暇があると山に登っていたんですよ。日本百名山も半分くらい登ってます。山登りにも慣れていたから、その時は朝5時に5合目から登り始めて登頂してすぐに降りて来る、という強行スケジュールでした。お天気がよくて、眺めもよくて、それはそれで本当に素晴らしかったんです。ただお鉢を巡らなかったのがずっと心残りで。そうしたら去年、山小屋で働いている友達が富士登山を企画して、誘ってくれたんですよ。子どもたちも一緒の企画だったから、ゆったりしたペースで登れたし、天気もすごくよくて、富士登山の素晴らしさを本当に実感しました。やっぱりお鉢は巡らないとだめですね(笑)。吉田口から登ったので、太平洋から昇るご来光が見られたんですよ。その神々しさと言ったら! そこから時計回りで静岡側にお鉢を巡ると、上がったばかりの太陽で影富士がもうダーン、と。あれは本当に富士山の上からでないと見えない景色ですね。あと日本アルプスがずーっと見えて・・。360度、いろんな景色が見えて、その全部の景色が本当に素晴らしくて、感動しました。旧外川家住宅でガイドさせていただいている時に、「富士山の山頂には極楽浄土があって、山頂に行くと罪穢れが祓われて生まれ変わって降りて来られるという思想があるんですよ」って話してましたけど、それをすごく実感しました。本当に、極楽浄土だと思いました(笑)。

−今後、どのように富士山や富士吉田の魅力を発信していく予定ですか。

 旧外川家住宅の館内ガイドとカフェ「北口夢屋」をやりながら、できることからやっていこう、と思っています。今、考えているのは、"御師の家を訪ねる"というツアー。現在も住民の方がいて、一般公開されていない御師住宅があるんですが、「日時を決めてもらえるなら、見に来ていただいて構わないですよ」とおっしゃってくださっているお宅がいくつかあるので、できれば春くらいから月一の割合で、カフェ「北口夢屋」で企画を立てて募集して、みなさんをご案内したいな、と思っています。どのお宅も、建物だけでなく、富士講にまつわる様々なものが残っていて、本当に素晴らしいんですよ。それを山梨のいろんな地域のガイドブックを作っているNPO法人さんとも連携しながらやっていく予定です。将来的には旅行会社を立ちあげて、富士吉田の御師街だけではなく、富士五湖、富士山周辺の魅力も発信していきたいですね。

加々美久美子
かがみくみこ

1961年1月7日 山梨県富士吉田市生まれ 高校卒業後上京、35歳で沖縄へ移住。2012年地元に戻り、旧外川家住宅の館内ガイドに。昨年12月にはカフェ「北口夢屋」をオープン。易学鑑定士の免許も持ち、カフェでは手相鑑定も行う。カフェ「北口夢屋」定休日の水曜日には旧外川家住宅で館内ガイドを務める。
http://kitaguchiyumeya.com/

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人

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