−会社を辞めてダイビングのインストラクターになった経緯から教えてください。
OLをしていた当時はバブルの真っ只中で、社内旅行の行き先が2年続けてハワイだったんですよ。2年目のハワイ旅行を前に「去年は観光を楽しんだから今年は何をしよう」と考えていたら、友達が「ダイビングをしてきたら?」と。学生時代から一度やってみたいと思っていたので、いいきっかけだとライセンスを取得し、ハワイで初めてのファンダイブをしました。海の中には見たことのない生き物や地形や景色がいっぱいで、もう楽しくて楽しくて。そこから月に1、2回は伊豆に、ボーナスが出たらグアムやサイパン、それからハワイでアメリカ人に薦められた沖縄に潜りに行くようになったんです。ただ泳ぎは得意ではなかったので楽しさの中に不安もあり、その不安を取り除きたくて間隔を空けずにダイビングの回数を重ね、資格のレベルをアップしていきました。
−その時点でいずれはインストラクターになろうと思っていたんですか。
いや。その時は畏れ多くてそんなこと考えもしませんでした(笑)。ただ勤め先で女性が認められることの難しさや限界を感じ、転職するなら自分の好きなことを仕事にしたいと思うようになり・・。潜りに行っていた渡嘉敷島で活躍する女性ガイドさんの姿に、「女性でもできる仕事なんだ!」と気づかされたことがなにより大きかったですね。ダイビングのガイドができるダイブマスターの資格取得中は、お手伝いした初心者の方に「ありがとう」と言ってもらえるとすごく嬉しくてやり甲斐を感じたし、励みにもなりました。資格が取れた25歳で会社を辞め、憧れていた渡嘉敷島の女性ガイドさんの後釜として、半ば押しかける形で働き始めたのが最初でした。
−インストラクターの資格を取得したのはそのあとなんですね。
渡嘉敷島で1年間ガイドをしてからです。その後、沖縄本島のダイビングショップに4年間勤めました。今もそうですけど、私はダイビングのたびに得られる新たな気づきをもとに少しずつ上達していくことに喜びや楽しさを感じる人間だったので、私の講習を受けた人の“その後”がいつもすごく気になっていたんですね。上達を見届けたいと思っていたというか。でもほとんどが旅行者の沖縄ではそれが叶わない。東京のダイビングショップなら定期的にお客さんと一緒にいろんなところに潜りに行けるし、不安や疑問も解消してあげられるし、人間関係も深められるんじゃないかと思って東京に移りました。山登りもダイビングも奥は深いですから、今でも上達につながる気づきが得られると嬉しいし、ガイドをする時はいつも、その日1日で何か新しい発見や気づきをお客さんに得てもらいたいと思っています。
-山に興味を持つようになったのはいつ頃ですか。
お客さんと一緒に行くツアーの最終日は、陸のレジャーを楽しむことが多いんですよ。ダイビングで体内にたまった残留窒素があると、飛行機や高所への移動で血液中に気泡ができる“減圧症”を起こしてしまう危険があるので。それで、知床や屋久島の森の中を歩いたりカヤックに乗ったりするんですが、ガイドさんに案内していただく森の中には新しい発見がいっぱいで、「素晴らしい海があるのは豊かな森のおかげ、海と山や森はつながってるんだ!」と気づきました。「だったら海だけでなく、森や山のガイドもやってみたい」と思うようになり、2011年に登山ガイドの資格を取ったんです。伊豆天城山周辺をフィールドにしていましたが、縁あって富士山の登山ガイドの方に声をかけられ、夏は富士吉田市公認の富士山登山案内人組合に登録するようになりました。
−初めて富士山に登ったのはいつですか。
2006年です。屋久島に一緒に行ったお客さんたちと「次はみんなで富士山に登ろう!」と盛り上がり、その下見としてひとりでガイドツアーに参加したんですが、大人になってあんなに苦しかったのは初めてでしたね(苦笑)。すごくゆっくり登っているのに苦しくて苦しくて。でも一歩一歩歩みを止めなければ必ず頂上に着くんですよ。登頂した時には達成感と感動で涙が流れました。ダイビングで達成感を味わうことはほとんどありませんからね。
-どうしてですか。
海の中という特別な環境なので、折り返すタイミングがどこになるかは空気の消費量次第。“ここが頂上”と言えるようなものはないんです。強いて言えば“生きて帰ること”が頂上(目標)です。最近の登山事故の多さを見ると、山でも“自分の頂上は自分で決める”という考えは大事なことだと思います。
-海と山、両方のガイドをやっているからこそ感じることが多そうですね。
ダイビングも登山も大切なのは無事に帰ってくることですよね。ダイバーの安全を確保するために、ダイビングはライセンスの取得が義務付けられていますし、“バディシステム”と言って、ライセンスがあっても常に2人一組で行動します。その点、富士山では一目で初心者だとわかる簡単な装備で、ガイドなしで登っている人が多い。しかも私たちガイドには考えられないようなハイペースで登って、結果的に高山病で倒れてしまう人も少なくない。2022年の夏はとくに事故が多かったですから、装備を十分に整え、自分の体力を過信せず登ってほしいなと改めて思います。登頂することにこだわらず、体調や天候に応じて無理せず引き返す勇気も、忘れずにいてほしいですね。
-海と山、両方の自然に触れて思うことは?
海と山のつながりをより感じるようになりました。例えばこの辺りだと、天城山の豊かなブナの森が蓄えた栄養が川を下って相模湾や駿河湾に流れ込むことでいい漁場が生まれているし、大室山の溶岩が作った城ヶ崎海岸は、ゴツゴツした岩場が魚たちのいい住処になり、海藻の生育にもいい影響を与えています。自分の好きなことをして、それを仕事にしてきたことで今の私があります。仕事のフィールドである海や山など自然の魅力や怖さを自分が関わる人たちに伝えることが、その人たちに「自然を守ろう」、「限りある地球の資源を大切にしよう」と気づいてもらうための種まきになっていたら、地球への恩返しになるんじゃないかと思っています。
-富士山の登山ガイドを始めて、富士山の印象は変わりましたか。
小さい頃から富士山を見ていたので、姿が見えるだけで嬉しく安心感がありましたけど、仕事のフィールドになったことでより身近になりましたし、さらに大切にしたいと思うようになりました。海外の有名な山はそれなりの入山料を払わないといけないし、ガイドなしで登ることはできない。ところが日本の象徴である富士山は“保全協力金”という任意の寄付はありますが、無料で入山できて、ガイドをつけずに登ることができる。今のままで富士山の環境を守り、登山者に安全に楽しんでもらうことがこの先もできるのかな、とよく思います。
−これからは富士山を眺めて楽しむ季節。三浦さんも策定に関わっている“富士山ロングトレイル”はその姿を楽しむだけでなく、歴史や文化にも触れられる登山や散策のコースになっているとか。
みなさんがよくご存知の三国山や越前岳など50を超える山の登山道と村山浅間神社や白糸の滝などの世界遺産の構成資産にも通じる一般道を結んだ、総距離は約170キロメートルのコースです。上級者向けの鎖場がある山もあれば、バスを降りて少し登っただけで河口湖越しの富士山が見られる初心者向けの山もあって、それぞれの経験や脚力、その日の体力や日程に応じてルートを選んで楽しんでいただけるコースになっています。
−富士山が単独峰であるからこそ実現したコースとも言えるかもしれないですね。
そうですね。富士山はどこから見るかで表情が全然違いますから、それがまたおもしろいんですよ。私がご案内したお客さまは「今度は反対側の山も歩いてみたいわ」とおっしゃっていましたが、山頂から見える山は富士山以外も気になるし、そこからどんな富士山が見えるのかなと興味が湧くみたいですね。いい山なのにあまり知られてない山がたくさんありますから、ぜひ楽しんでいただきたいです。国立公園なので新たな設備の設置は簡単にできませんが、もう少しトイレが増えたりテント場ができたりするとより魅力的なコースになるんじゃないかなと思います。
−富士山を眺めるならここ、という三浦さんのお薦めを教えてください。
私が静岡側からの富士山を見慣れていることもありますが、越前岳の手前にある標高1000メートルちょっとの黒岳から見る富士山がどーんと大きくて、形もとてもきれいなのでお薦めです。1時間半くらいで登れますし、山頂に広がった草地でお昼ご飯をのんびり食べて帰ってくるのは、入門編としてもとてもいいと思います。経験者はぜひ、そこから縦走していただきたいです。
−海と山両方のガイド。楽しそうだけどご苦労もあるのでは?
どちらも好きなことなので苦労というのはないですね。ただ・・。富士山に登る前日にダイビングをすることはもちろんありませんけど、直近のダイビングでたまった残留窒素がしっかり排出されているかどうかは、いつも気にしています。万が一私が富士山で減圧症になったりしたら、「言ったでしょ。だからダイビングと登山が両立できるわけないんだよ」とダイビング業界の人に笑われちゃいますからね(笑)。
みうらさなえ 1968年 神奈川県大和市生まれ 会社勤めをしていた21歳でダイビングの、25歳でダイブマスターのライセンスを取得。その後、退職し渡嘉敷島でダイビングのガイドを始める。30歳で都内に戻りダイビングショップに勤務。2005年、新たにオープンした東伊豆店の店長として伊豆に移り住む。2011年、登山ガイドの資格を取得し、2012年、城ヶ崎海岸を拠点に独立。その後、富士吉田市公認富士山登山案内人組合に登録。PADIマスタースクーバダイバートレーナー、PADI EFRインストラクター、日本赤十字救急法救急員、日本山岳ガイド協会認定 登山ガイドステージⅡ、伊豆半島ジオパーク推進協議会認定 ジオガイド。
ぴっころHP
https://www.sts-pikkoro.com