みんなで考えよう

富士山インタビュー

富士山を見るたびに登山道は大丈夫かな、とつい考えてしまいます(苦笑)

富士山にある4本の登山道はすべて県道なのだそうです。
富士吉田口登山道は県道701号富士上(かみ)吉田線、須走口登山道は県道150号足柄停車場富士公園線、御殿場口と富士宮口の登山道は県道152号富士公園太郎坊線が正式名称。
それぞれの登山道は県の管理下に置かれ、開山期間中は県と県の委託を受けた業者がパトロールや整備補修などの維持工事をこまめに行い、登山者の安心安全で快適な登山を支えています。
御殿場口登山道の維持工事を40年以上にわたって請け負っている三晃建設株式会社で、13年間、現場代理人を務めている髙杉直嗣さんにそのご苦労などを伺いました。
2021年夏も天候の悪い日が多く、ご苦労の多い夏だったようです。
また9月7日には平年より25日早い初冠雪も報告されました。
写真:飯田昂寛/取材・文:木村由理江

2020年は人の手が入らないとなくなってしまう道を整備していました

−三晃建設株式会社さんはいつ頃から御殿場口登山道維持工事のお仕事をされているんですか。

 今から40年くらい前、創業者の祖父が御殿場市の建設業協会の会長をやっていた時に、御殿場口と須走口の登山道を受け持っていた前任の会社が諸事情により撤退することになり、他にやり手がいなかったのでどちらも引き受けたのが最初だと聞いています。今は御殿場口登山道だけですけどね。

−引き受け手がないくらい大変な仕事、ということですか。

 今は山頂までブルドーザーですが、当時は歩きですから、相当大変な仕事だったんだろうと思います。最初の年は、鉄ピンとかロープとか電動工具類とかエンジンとかの装備一式を背負子に積んで、それを担いで須走口から作業しながら山頂へ上がり、また作業しながら御殿場口に下りてきた、と聞いています。途中、お客さんをお迎えする準備をしている山小屋さんに泊まらせていただいたりしながらの作業だったそうです。当時の名残で、うちには背負子がいっぱい残っていますよ(笑)。

−静岡側の開山は7月10日。維持工事の作業は毎年いつ頃から始まるのでしょう?

 雪の残り方や天候にもよりますが、大体6月の中旬くらいからでしょうか。管理している県と契約した後に調査登山に入り、残雪の量や荒れ方を確認してから作業を始めます。この時に問題になるのは雪の残り具合ですね。御殿場口登山道の頂上付近は谷になっていて雪が吹き溜まっているんですが、その真下には山小屋さんや登山道があるので、機材で雪をかいて下に落とすわけにはいかないですし、だからと言って急激に雪解けを促進させると落石の危険が高くなってしまう。なるべく自然に逆らわないように手作業で登山道の整備をしています。あとは崩れたところを直したり、雪の重みで倒れた誘導ロープの鉄ピンとロープを新しいものに代えたり、案内標識等を設置したりしていきます。開山中も週に一度ずつ、県職員と私の会社で巡回をします。そうでないと道を保全できないんです。最後の仕事は閉山の後の標識等の回収ですね。

-開山しなかった去年も登山道の維持工事はされていたんですか。

 人の手が入らないと完全になくなってしまう道が何ヶ所かあるので、そういった場所の路面の整備はさせてもらいました。例えば旧六合目付近から大石茶屋辺りですね。砂地なのですぐに流れてしまうんですよ。ああいうところはむしろ人が入って歩いてくれることで道幅がしっかり残っていく。去年は登山者を入れないことが前提でしたので鉄ピンやロープに関してはまったく修復しませんでしたが、おかげで今年の鉄ピンとロープの補修は大変でした(苦笑)。

-今年の御殿場口登山道には、他にどんな変化が?

 全般的に荒れ方が酷かったです。原因のひとつは、たくさんの登山者に踏まれることで路面は固く締まるのに、去年はそれがなかったこと。もうひとつは、去年は雪が積もるのが遅くて雪化粧をしている期間が短かったこと。富士山は単独峰なので9月以降どんどん風が強くなって、登山道の石や砂が飛ばされてしまうんですよ。雪がそれを抑え、凍土になることでそこに定着させてくれるんですが、この冬は凍らなかったために頂上付近の登山道は雪解け水でかなり流されていました。

-人が歩くことで路面が締まるというのは新鮮です。荒れるだけだと思っていたので。

 ちょっと浮いている石を人が踏むことで落石が起きて道が荒れることも当然あります。私の会社はそういうことがないように整備をしているわけですが、毎日山に上がるわけにはいかない・・。落石だけは予想ができないので、みなさんにはぜひヘルメットを被って登山していただきたいですね。ストックを用意していただけると、なおありがたいです。ストックがないと滑った時につい誘導ロープを掴んでしまいがちですが、ロープを通した鉄ピンが刺してあるのは砂地なので、強い力がかかるとそのまま抜けて滑落してしまう恐れがありますし、ロープ自体も、砂まじりの雨と風にさらされているので劣化が激しく、毎週のように取り替えてはいますが、簡単に切れる場合がありますからね。

登山道を整備するのは大事な仕事だと、小さい頃から思っていました

−子どもの頃にお父さんの仕事についていったりはしなかったんですか。今は無理でしょうけど、当時はまだおおらかな時代だったでしょうし、夏休みの体験のひとつとして「一緒に行ってみないか」とか「連れてって」というやりとりはなかったのでしょうか。

 何度かありましたね。最初は小学校中学年の頃だったと思います。当時は父が現場代理人でしたから、週に一度の巡回など、私を気にかける余裕がある時に、同行させてもらいました。小さな荷物を持たせてもらったり、石を除けるのを手伝わせてもらったりするのが嬉しかったです。学校行事で初めて富士登山をした時の感動は、ちょっと薄かったですね(笑)。

-代々やられている登山道維持工事という仕事を、当時はどう捉えていたのでしょう?

 富士山は観光の山ですが、ハイキングと同じレベルで考えてはいけない山です。天候の変化も激しいし、危険度と難易度はとても高いですからね。登山道がちゃんと整備されている方が少しはリスクを減らせますから、とても大事な仕事だと小さい頃から思っていました。私の会社は40年以上この仕事をさせていただいているので、例えば道がなくなった時にゼロから道を復旧するノウハウや他にも様々な技術が蓄積されています。委託業者は毎年一般競争入札で決まりますが、この先もずっとこの仕事を請け負わせていただいて、私の次の代にもつなげていけたらありがたいな、という思いはありますね。

-やりがいを感じるのはどんな時ですか。

 無事に開山して、いろんな年代の登山者の方たちが楽しく登山されているのを見る時ですね。あと、週に一度の巡回で作業をしている最中に「道がきれいになっていて助かりました」とか「歩きやすかったです」といった声をかけていただいたりすると、本当に嬉しいです(笑顔)。

-どこから見る富士山が好きですか。

 やっぱり物心ついた時から見ている御殿場からの富士山が一番いいですね。ずっとそこにいてくれるものなので特別感はないし、日本一の山だということも忘れがちだったりするんですが(苦笑)。

-きれいだな、と思うことも少ないということですか。

 御殿場は天気が悪いことが多くて、何日も見えない日が続いたりするんですよ。久々に見えた日は新鮮で、きれいだなと思ったりします。でもそれも一瞬です。風が巻いているとか、砂が舞い上がっているとかいろんなことがわかりますから、そっちの方が気になってしまいますね。

-それは開山期だけではなくて?

 ええ。次のシーズンのこともありますからね。富士山を見るたびに登山道は大丈夫かな、とつい思ってしまいます(苦笑)。他の人とは富士山の見方が違うかもしれません。

作業中に富士山から見た素晴らしい景色は、心の中に焼きついています

−これまでで一番苦労した時のことを教えてください。

 何年か前、雪解けが間に合わなくて開山を1週間、7月17日まで遅らせた時ですね。少し崩したりすることで雪解けは促進できたんですが、下に氷が張っているのでなかなか解けず、完全には道を整えることができなかった。それで開山を遅らせるしかないという結論に至りました。あの時は本当に大変でした。自然環境はその年によって違うので、毎年何かしら大きな壁にぶち当たっている気がします(苦笑)。開山日に間に合うように作業を進めなくてはいけないので、視界がわずか数メートルという中で、完全に流された道をゼロから復旧したこともありました。今年も天気の悪い日が続いて、開山前のすべての作業が終わったのは前日の9日でした。

−天候との戦いですね。

 本当にそうです。週に一度の巡回も、新五合目でいろんなサイトの天気予報を確認してから上に行くかどうかの最終判断をするんですが、予報は晴れで、頂上についた時点でも雨の気配はないのに、登山道を下り始めたら急激に天候が変わって、雨と風で視界がほぼゼロという状況に陥ることも珍しくないですからね。開山前の作業中にそんなことになると、整備前の荒れた登山道を何人もの作業員を引き連れ、風に飛ばされないように、滑落しないように慎重に下っていかなくてはいけないので、精神的にも肉体的にもかなりの緊張感があります。ただ運のいいことに、富士山では“地面に雷が走る”という言い方をしますけど、雷に遭遇したことはないので、守っていただけているのかなと思ったりはします。とにかく富士山に入っている間は、ずっと緊張しっぱなしです。ただそれも事故につながりかねないので、山小屋などの避難所があるところでは少しでもリラックスするように心がけています。

−作業中に素晴らしい景色に出会ってホッとすることもあるのでは?

 雲ひとつない天気というのは結構レアなんですが、毎夏一度は御前崎の方までスッキリ見渡せることがあって、そういう時には“やっぱり日本一の山なんだな、自分はここで生かされているんだな”とちょっと胸が熱くなります。たまに虹が見えたりもしますしね。仕事中なので写真は撮れませんけど、いろんな素晴らしい景色が心の中に焼きついています(照笑)。下から見ているとわかりませんが、五合目以上から上を見ると、富士山が崩れていってるのがはっきりとわかります。自然のものなので仕方ないことではあるんですが、長くいい状態で残っていってくれるといいなあ、と思いますね。

髙杉直嗣
たかすぎただし

たかすぎただし 静岡県御殿場市生まれ 祖父が創業した三晃建設株式会社に24歳で入社し、道路改良や河川改修などの土木工事や災害復旧工事などに従事。夏の富士山御殿場口登山道維持工事に13年間、現場代理人として携わっている。趣味はアウトドア全般。渓流のフライフィッシングが趣味で、最近新たにマウンテンバイクを始めたところ。“クソ真面目”を自認するが、仕事には常に危険が伴うこともあり、「気楽に行こう」と自らに言い聞かせることが多いのだとか。

撮影協力:NikenMe from Corner https://nikenmefromcorner.com

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員
松井由美子英語通訳案内士・国内旅程管理主任者
涌嶋優スカイランナー、富士空界-Fuji SKY-部長、日本スカイランニング協会 ユース委員会 委員長・静岡県マネージャー
岩崎仁合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」代表
門脇茉海公益財団法人日本交通公社研究員
渡邉明博低山フォトグラファー・山岳写真ASA会長
藤村翔富士市市民部文化振興課 富士市埋蔵文化財調査室 学芸員
勝俣竜哉御殿場市教育委員会社会教育課文化スタッフ統括
前田友和山梨自由研究家
杉山浩平東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 博士(歴史学)
天野和明山岳ガイド、富士山吉田口ガイド、甲州市観光大使、石井スポーツ登山学校校長
井上卓哉富士市市民部文化振興課文化財担当主幹
齋藤天道富士箱根伊豆国立公園管理事務所 富士五湖管理官事務所 国立公園管理官
齋藤暖生東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
池川利雄ノースフットトレックガイズ代表、富士山登山ガイド
松本圭二・高村利太朗山中湖おもてなしの会副会長, 山中湖おもてなしの会会員
関口陽子富士山フォトグラファー
猪熊隆之山岳気象予報士・中央大学山岳部監督
髙杉直嗣2021年御殿場口登山道維持工事現場代理人
羽田徳永富士山吉田口登山道馬返し大文司屋六代目
内藤武正富士宮市役所企画部富士山世界遺産課主幹兼企画係長
河野清夏フジヤマミュージアム学芸員
中村修七合目日の出館7代目・富士山吉田口旅館組合長・写真家
野沢藤司河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール館長
三浦早苗ダイビング&トレッキングぴっころ代表
田部井政伸一般社団法人田部井淳子基金代表理事
橋都彰夫半蔵坊館長・わらじ館館長
上小澤翔吾富士登山競走実行委員会事務局
杉村知穂富士宮市教育委員会教育部文化課
河野格登山ガイド

supported by