−2020年10月、NHKのニュースで紹介された“富士山ロングトレイル構想”は何をきっかけに始まったのですか。
新型コロナウイルス感染防止のために2020年の夏に富士山は開山しないと決まって、「自分たちガイドを含めた富士山に関わる人たちを支えるために何かできることはないだろうか」とガイド仲間と話す中で、富士山は登るだけでなく周りの山々から眺めて歩くという楽しみ方もあり、富士山を取り囲む山岳コースと里山コースを繋いで歩くことでもっと楽しめるはず、それを多くの方に知ってもらいたいということで動き出したのが“富士山ロングトレイル構想”です。中心になって動いているメンバーは5人。全員登山ガイドや自然ガイドですが、得意分野は山に限らず、植物や生き物、歴史や文化など多岐にわたっている。様々な視点があるので、意見をまとめるのもすごくおもしろいですよ。
−4月頃にはルートの発表があるそうですね。富士山の周囲をぐるりと巡るルートということですが、どんな特徴が?
実際に歩いてくれるみなさんの意見も参考にしながらルートを成熟させていきたいので、発表するのは土台となるルートです。そのルートを考える上でこだわったのは、富士山を360度、どの角度からでも見ながら歩けること、そして富士山と境界を接する山を歩くことです。一体どこまでが富士山か、みなさん、あまり意識してないと思うんですが、火山活動によって流れたマグマが行き着いた御坂山地や天子山地などを歩くことで、ここまでが富士山だよ、ということを認識してもらえたらおもしろいんじゃないかと思っています。山岳コースの少ない静岡側では、一部里山を歩きます。総距離は200km以上で、富士山が見えるビューポイントがたくさんあるのも大きな特徴です。角度、季節によって富士山は違う表情を見せてくれますから、それぞれの体力や日程に応じてルートを切り取りながら、最終的には全体を繋いで楽しんでもらえるといいなと思っています。富士山は火山ですけど、御坂山地と天子山地は伊豆半島が乗ったフィリピン海プレートによって押し上げられた山。成り立ちの違う山が隣り合っていることもおもしろいし、植生の違いも感じてもらえると思います。あと、普段山を歩いている人たちが、一部ではあるけれど静岡側の里山を歩くことで、山頂だけじゃなく麓のおもしろさに気づくいい機会になるんじゃないかと期待しています。今はルートを網羅するマップを作っているところですが、山を熟知している私たちだからこそ提供できる安心安全な山歩きのための情報や、より山歩きが楽しくなるような情報もたくさん載せられるように、いろいろ工夫しているところです。将来的には、万が一道迷いなどがあった時に、私たちのように現場に精通した人間が適切にアドバイスや誘導ができるような情報発信基地も作りたいんですけどね。
−安心感の高さは、お客さんを呼ぶための大事な要素ですものね。
ええ。私たちは最終的に、富士山と私たちの故郷でもある周辺地域のファンを増やすことを目指しているんですよ。“ふじさんゼロゴミアクション”というゴミ拾いの活動もしていますけど、自分の好きな場所、大切な場所にゴミを捨てる人はいませんから、ファンが増えたら何も言わなくても富士山は山頂から裾野まできれいになるんじゃないかと思う。ファンになった人が繰り返し来てくれるようになることで、私たちのように直接富士山に関わっている人間だけでなく周辺で暮らす人たちも年間を通して潤うようになったらいいなと思っています。
−もともと何がきっかけで山に興味を?
長野県ではほとんどの中学2年生が、1泊2日で3000m級の山に学校行事で登るんです。私も標高2956mの木曽駒ヶ岳にみんなと登ったんですが、森林限界を超えた瞬間に下からブワーッと風が上がってきて、眼下に自分が住んでいた小さな街が見えた。その時に、世界が一気に広がったような衝撃を受けたんですよ。しかも夜、山小屋で寝ていたらものすごい雷で、生まれて初めて味わうようなスリルを感じましてね。それで山登りっておもしろそうだなと思ったのが、最初のきっかけです。ただ当時の私はラグビーとスキーが大好きでしたから、しばらくはそっちに一生懸命で・・。本格的に山に登るようになったのは、初めて富士山に登った27歳の頃からです。
−富士河口湖町に移住されたあとですか。
移住して3、4年経ってました。よそから来ると、富士山の存在感って圧倒的なんですよ。でも地元の人はあまり眺めないし、登ったりもしない。世界中から人が集まる日本一の山があるのに登らないのはおかしい、自分は絶対に登ろうと思ってました。それである夏、仕事終わりに同僚と「よし、今日、登ろう」といきなり(笑)。そのまま登頂して、翌朝、下りてきたその足で仕事に行きました。
−タフですね(笑)。
天気がよかったこともあるんでしょうけど、寒さは少し感じましたが、富士山ってこんなに楽に登れるんだ、と。お鉢巡りをしていて富士河口湖の街が見えた時には昔の気持ちが蘇ってきて、やっぱり山登りはおもしろいやって。富士山に登った話を周りにしていたら、どうもペースがかなり速かったらしく、もともと富士山のガイドをしてた先輩に「そんなに体力があるなら富士山で登山ガイドをやってみないか」と誘われたのが、ガイドをするようになったきっかけです。最初はサラリーマンをしながらだったので、趣味の延長みたいな気楽な感じでしたね。
−実際にガイドをやってみてどうでした?
先輩がガイドするツアーに何回か同行させてもらったあとに、私一人でお客さんをご案内して山頂まで行ったんですが、衝撃を受けました。私は人に感謝してもらえる仕事は、弁護士とかお医者さんとか頭のいい人にしかできないと思っていたので、お客さんが山頂で涙を流して“ありがとう”と感謝してくれることが信じられなかったんですよ。登山はおもしろいし、その上お客さんに感謝されて、こんなにいい仕事はないと思いましたね。そのうち、一度きりの人生、やりたいことをやって生きていきたいと思うようになり・・。猛反対する家族を「絶対に路頭に迷わさないから」と説得して、サラリーマンを辞めて専業の登山ガイドになったんです。
−それほど富士山に魅了されていた、ということでしょうか。
いや、その頃の私は富士山に限らず山がおもしろいと思っていました。山を登ることで体力の限界に挑戦できることに魅せられていたというか。だからいろんな山に登りましたし、短い時間で登ることにこだわっていた時期もあります。でも専業の登山ガイドになって、富士山に来るお客さんにもっと喜んでもらいたい、お客さんの質問にはなんでも答えたいと思って富士山のことをいろいろ勉強するようになって、変わりました。日本一高いことが富士山の魅力だと思っていましたが、それだけじゃないとわかったんです。だって日本国民の誰もが描ける山なんて、他にないですよね。形は単純だけど、昔から人々の思いがこもった山であり、そこで暮らす人々、関わる人々に多くの恵みを与えている特別な山であり、とても興味深い山だと思うようになりました。しかも最近、その奥深さにますます引き込まれていますね。6年くらい前から1ヶ月に1回、12ヶ月かけて富士山のゼロ合目、約150kmを歩いて一周する旅行会社さんのツアーのガイドをさせてもらっていたんですが、そのツアーを通して富士山の五合目から下を知るようになって、20年以上ガイドとして関わる中でわかった気になっていた富士山のことを、自分はまだまだわかってなかったんだと思い知らされました(苦笑)。おかげで私自身のガイドとしての幅が大きく広がった気がしています。
−ゼロ合目を一年かけて周るツアーは魅力的ですね。“富士山ロングトレイル構想”でも、そういったツアーを作ってはどうですか。
そうですね。今回、みなさんに提案するルートは山岳ルートが主ですが、周囲には東海自然歩道もありますし、山を通らない道もたくさんある。いずれは他のルートも考案して紹介したいと思っています。ルートは一種類でなきゃダメなんて、富士山はケチなことは言いませんからね(笑)。
−富士山のどんなところに魅力を感じていますか。
いろいろありますが、一言で言うなら、日本人の心を震わせ、日本人の心に訴える山であること。それが最大の魅力でありおもしろさだと思います。何が心を震わせるか? ひとつに絞るのは難しいですが、富士山が持つスケールのデカさ、そこから発せられるエネルギーだと思います。火山である富士山は地球のパワーがゼロから作り上げた芸術品ですし、ものすごいエネルギーの塊ですからね。それが私を含め見る人すべての心を揺さぶるんでしょうね。
−どこから見る富士山が好きですか。
富士河口湖町の我が家から見る富士山はもちろん好きですけど、私はよそから来た人間なので、ここからじゃなきゃ、というこだわりはないんですよ。静岡から見れば高さを感じるし、宝永火口が見えれば火山だ! と感じるし、山梨側から見れば湖と富士山の取り合わせが素晴らしいな、と思う。富士山は美しい女性の神さまでしょ。美人はどこから見ても美人なんだと思います(笑)。
−ではどの季節の富士山が好きですか。
夏も素晴らしいですけど、冬の富士山ですね。夏は優しい富士山ですが、冬の富士山はものすごく厳しい。そのキリッとしていて誰も寄せ付けない感じが、富士山におわすという神さまの存在を感じさせてくれる気がします。季節とは関係ない話になってしまいますが、富士山から見る星空が、私はすごく好きなんですよ。私がガイドする富士登山ツアーは2泊3日がほとんどなので、時間に余裕がある。天気のいい夜は山小屋の外に出てみんなで星を見るんですが、もうたまらないですよ(ニコニコ)。星の近さと数の多さに圧倒されるし、北極星を中心に星が動いていく様子や、流れ星や天の川もよく見える。時には人工衛星や宇宙ステーションも見えたりして、人類ってあんなところにもいるんだって気づかされたりしますからね。ぜひ、富士山に登ったら星空を見てく欲しいです。
1967年 長野県飯田市生まれ 子どもの頃から南アルプスの赤石山脈と中央アルプスの木曽山脈を眺めて育つ。1991年、結婚を機に飯田市から富士河口湖町に移住。会社勤めの傍ら富士山ガイドを数年続けたのち、2000年、専業の富士山登山案内人となる。2006年から「富士登山学校ごうりき」でエコツアーのチーフガイドとして活動し、2012年12月、ノースフットトレックガイズを設立。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、富士山登山ガイド、ネイチャーウォークガイド、スキーインストラクター、富士山セミナーの講師など幅広く活動している。
ノースフットトレックガイズHP:https://www.nftg.net/