みんなで考えよう

富士山インタビュー

考えてみると、全部富士山のおかげ。感謝しかないですね

社長である21代目・井出與五右衞門さんを取材する予定でしたが
「未来の話をするなら息子が適任」と急遽、いずれ22代目となる息子さんの井出宇俊さんが登場することに。
突然のことに戸惑いながらも、落ち着いて丁寧に答えてくださった宇俊さん。
「最近、似てきたと言われて嫌なんですよ」と笑い合う姿に、素敵な親子関係を感じました。
写真:井坂孝行/取材・文:木村由理江

富士山の水が持つ清らかなイメージを感じてもらえるような日本酒を造っています

−井出醸造店さんは江戸中期の1700年ごろの創業だそうですね。

 酒蔵の社名には大体“酒造”か“醸造”がついていますが、“酒造”がつく会社は創業当時からお酒だけを造っていたんだな、“醸造”がつくともう少し幅が広くて、お味噌や醤油やみりんのような、お酒以外のものも造っていたんだな、とわかるんですよ。うちも初代からしばらくは醤油を造っていて、1850年ごろに16代目が地元の水に着目して日本酒も造り始めました。50、60年前からは日本酒に絞っています。僕は16代目が水に着目したのはすごいことだな、と思っていて。山田錦とか雄町とかお米にこだわる人は多いですけど、輸送手段の発達した現代ではお米の鮮度を落とさずに運ぶことは容易です。その中で特徴を出していくとなると、水だったり、造り手、その造り方みたいなものが今後、もっと注目されるようになるんじゃないかな、と思いますね。

−富士山の伏流水を使ったこちらの日本酒にはどんな特徴が?

 うちの社長はよく“無から有の発酵だ”と言いますが、味も香りもあるブドウを原料にしたワインと違って、日本酒の原料は無味無臭の水と香りも味も薄い米。そこからあれだけ香りも味も豊かな日本酒ができるわけですから、日本酒の仕上がりに水が果たす役割は大きいと思います。富士山の水には、多くの方が“清らか”というイメージを持たれていると思うので、うちの日本酒からもそれを感じていただけるように、きれいな酒質で良い香りのものを造りたいといつも考えていますし、それがうちのお酒の特徴かな、と思いますね。さらに、15年前くらいから、富士北麓地域産の酒造好適米を使ったお酒も造っています。地元の農家さんたちにお願いして、作っていただいているんですよ。うちのお酒は富士山の伏流水を使っているというのが売りではあるんですけど、考えてみると、この辺は田んぼで使うお水も富士山の水なので、さらに地元産のお米を原料にすれば、最初から最後まで富士山の水で醸したお酒、ということになる。今後はそういうところも、もっとアピールしていきたいな、と思っています。

−今、何種類くらい造っているんですか。

 観光地なのでお土産商品も含めてアイテム数は多いんですが・・。お酒の種類だと普通酒から大吟醸まで、大きく分けると10種類くらいですね。普通酒はうちの商品の中でも一番価格の安いお酒ですが、うちではこの普通酒にも結構力を入れてまして。熱燗でも冷やでも美味しく飲んでいただけますし、どんなお料理にも合いますし、どんな場面にも対応できる造りになっているので、食中酒には最適だと思います。うちのブランドイメージの“きれいな造り”であることはもちろん、味に深みがあります。

井出酒造のお酒を目当てに地元に観光客を呼び込むことができたらいいなと
思ったりもしています(笑)

−子どものころから、いずれは家業を継ぐんだよ、と言われて育ったんですか。

 直接言われた記憶はあまりないですけど、親戚を含めそういう雰囲気でしたね(笑)。ネガティブな考え方をしたこともありますし、今もできなくはないですけど、これだけ続く家も会社も最近では少ないですし、日本の文化である日本酒を造っていることに誇りみたいなものはすごくありますから、やりがいはすごく感じています。

−そして将来的には22代目になる、と。

 そうですね。その時は戸籍上の名前も変えることになりますが、非常に重いことだな、と思っています。

−大学でもお酒に関することを勉強されたんですか。

 酒造りとは全く関係ない社会学を勉強していました。政治も経済も幅広く、ですね。僕自身、固定観念をあまり持ちたくない、情報をフラットに受け止めて、その中で自分の知識と経験とすり合わせて物事を判断したい、と思っていたので。会計のような、会社に戻って役立つようなものを大学時代に真面目に勉強する、というのも正解だったのかな、と思うこともありますけどね。

−本格的に酒造りに関わったのは大学を出てから?

 そうです。小学、中学のころも、仕込みのシーズンに人手が足りないと、ちょっとお米を運んだりして手伝うことはありましたが、うちの会社に入ってから本格的に酒造りに関わるようになりました。酵母とか生き物を相手にしているところが一番難しいな、と思います。その年によって水やその温度、気候、収穫されるお米の質も違いますから、自然風土とうまいバランスをとりながらやっていく、というのも難しいところですね。毎回同じことをしていれば、毎回同じお酒ができるというわけではないので。その中で同じお酒を目指しながら、さらにクオリティを上げていけるといいな、といつも思っています。

−先ほど、地元産の酒造好適米を使ったお酒の話が出ましたが、次の時代に向けた新たなお酒造りを考えたりすることはありませんか。

 今は吟醸系の香りのいいお酒が人気ですし、うちも吟醸酒をいくつか出していますけど、流行が変化するスピードは早いですから、ある程度時代のニーズに合わせつつも、温故知新というか昔からの技術や経験を踏襲しながら、僕だからこその、自分の我を前に出したようなお酒も造っていきたいな、とは思っています。

−富士河口湖周辺には多くの海外からの観光客も訪れています。そういう方たちにもっと井出醸造のお酒をアピールしたいという思いはどうでしょう?

 うちは小さな酒蔵なので、海外で売り上げを伸ばすというより、今までずっと支えていただいた地元のみなさんと地元に来てくださった方たちに、買っていただいたり、地元の飲食店さんで消費してもらえることが一番大事だろうと考えています。圧倒的な存在感の富士山にはとてもかなわないと思いますが、露出をもう少し高めて、多少なりともうちのお酒を目当てにしたお客さんを地元に呼び込めたらいいなあと考えています。ちょっとおこがましいですけどね(笑)。

−富士五湖周辺で唯一の酒蔵ですからね。

 はい。あともう一つ、僕の代でやりたいことがあって。それはお酒の印象を1ランク上げたいということ。今の若い人は日本酒にネガティブなイメージを持ちがちじゃないですか。次の日に残るとか。

−確かに日本酒の二日酔いはひどいです。

 (笑)。だけどテキーラも、仲間たちとショットで飲むとすごく盛り上がるけど、結局ひどい二日酔いになって後悔しますよね。テキーラのようになりたいわけではないですけど、もうちょっとワクワクするような日本酒の飲み方はないかな、と考えています。そのためには提供する場の雰囲気も非常に大切だと思うので、まずは提供の仕方を考えたいな、と思っているところです。

−徳利を間に挟んで盃で2人で差しつ差されつとか、オツな飲み方も忘れて欲しくないですけどね。

 そうですね。日本酒はまだまだいろんなポテンシャルがあると思います。昔は大学に進学して上京した同級生同士で、それぞれの故郷のお酒を持ち寄って飲み会をしたという話をうちの社長から聞いたりすると、すごくおもしろいな、と思います。もっと日本酒が地域や故郷と密接に繋がって、それぞれの故郷の誇りになるといいのにな、と思いますね。

最近、意識的に富士山のことを考えているし、勉強もするようにしています

−富士山を意識することはありますか。

 もう日常になっているので、とくに意識することはないですね。でも、見ることは多いです。車で移動していてもなんとなく見ているし、朝起きて外に出たら、とりあえず富士山を見てますから。考えてみると、うちなんて全部富士山のおかげなんですよね。富士山のお水がお酒になって、それを売ったお金でご飯を食べたり洋服を買ったり学校に行ったりしているわけですから。もう感謝しかないですね。普段、富士山のことを考えることはほとんどないんですけど、最近は意識的に富士山について考えるようにしています。明日も、吉田の登山口の清掃活動にボランティアで参加してきますが、お酒は原料である水が命ですから、富士山の自然環境を守る活動はしていかないといけないと考えますね。

−そういう活動は、お父上も積極的にされていたようですね。

 みたいですね。あと、世界遺産になって地元はすごく恩恵を受けていると思うんですけど、認定の大きな根拠になった富士山信仰について、地元の人は意外とよく知らないんですよ。とくに若い世代は。僕も去年初めて勉強会に行きましたが、昔は山頂で朝日が昇ったら太陽の方ではなく火口の中の方を向いてたんだよ、その時は御来光じゃなくて御来迎(ごらいごう)という言い方をしてたんだよ、ということもそこで初めて知りました。このままじゃダメだな、もっと勉強していきたいな、とその時にすごく思いました。

−山頂に登ったことはあるんですか。

 中学の時に、五合目から六合目くらいまで登ったことはあります(苦笑)。もともと山登りに興味がないからなのか、あまり富士山に登りたいと思ったことはなくて。毎日登ったり降りたりはしてるんですけどね、麓の方で(笑)。でも2、3年のうちに1回は山頂に登りたいな、登らなきゃいけないんじゃないかな、と思っています。これだけ富士山に支えられて生活していますし、地元が河口湖だと話すと、どこに行っても富士山の話になりますからね。なのに登ったことがないというのも、如何なものか、という気持ちもあるので。

−どんな富士山が好きですか。

 毎年山頂に雪が降った時は、「やっぱりこれだよな」と思ったりします(笑)。すごくしっくりする、というか。僕は、ちょっと厳しさを感じさせる富士山が好きかもしれないです。山頂の方で雪がすごい速度で舞っているのが見える時とか、うわ、かっこいいな、と思ったりしますね。

−ワクワクしてる表情ですよね。

 人間が到底勝てないような自然を感じる時は、ちょっと楽しいかもしれない。富士山には安らぎや安心ではなく、刺激、みたいなものを求めている、ということかもしれないですね。

井出宇俊
いでたかとし

1990年 富士河口湖町出身 弟と妹がいる3人弟妹の長男。地元の高校から東京の大学に進学。大学を卒業後は地元に戻り家業を手伝う。いずれ22代目井出與五右衞門襲名の予定。スポーツ全般が好きで、子どものころからサッカー部やサッカーサークルに籍を置く。今も地元の仲間とフットサルを楽しむ。お酒の中で一番好きなのは日本酒で、目下最も興味があるのはお酒全般と食の相性。

井出醸造店HP http://www.kainokaiun.jp/home.html

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人

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