−これまで、何回くらい富士山に登っているんですか。
200回以上ですね。富士山のガイドを始めた大学2年の夏とその翌年は、山開きから8月末までほぼ毎日登ってました。午前11時くらいに5合目でお客さんを迎えて、8合目の山小屋で仮眠をとって、頂上でご来光を見て朝9時に5合目に戻って、また次のお客さんを迎えて、を繰り返していた(笑)。七大陸最高峰遠征のための費用をそこで稼いでいたんです。
−5合目は約2300〜約2400メートルで、頂上は3776メートル。それを2カ月間、毎日、ですか。1日に2回、登ったこともあるとお聞きしました。
それはないです。ただ午前中にお客さんと一緒に山梨側の富士吉田に下りて、登り返して富士宮に行ったことはあります。まだ七大陸最高峰の登頂が終わってない21歳の夏に、登山家の田部井淳子さんに静岡側の富士宮で講演を頼まれたんです。富士吉田からぐるっと回っても間に合わないし、普通のペースで登っても間に合わないから、走って走って。あの時は頑張りましたね(笑)。
−富士山に初めて登ったのはいつでしたか。
中学2年の時です。同じ神戸に住んでいた従兄弟の一家が富士山に登るというので、「荷物も持つし、コーヒーを沸かす道具も持って行くから」と頼み込んで、連れて行ってもらいました。中学1年の部活の夏合宿で行った屋久島で雄大な自然に圧倒されて、すっかり山にハマってしまっていたので、当時の僕は山に行きたくて行きたくてしょうがなかったんです(笑)。ある意味、どの山でもよかったわけだけど、富士山に憧れはありました。関西からは遠いし、日本で一番高い山ですから。
−初めての富士山。どんなことが印象に残っていますか。
確か富士宮側から登って御殿場におりるルートで、夜中に山小屋を出てご来光を見たはずなんだけど(苦笑)。覚えているのはすごく嬉しかったことと、一歩で3メートルと言われる砂走りを駆けおりたこと。あと山小屋の横長の長〜いお布団です(笑)。小学2年の時に小児喘息が始まって以来、母親がハウスダストを気にして家を徹底的にきれいにしてくれていたので、その布団を見た時は正直ギョッとしました。しかもそこに人の頭と足が交互に並んでいて(笑)。すごいところだ、と思いました。ロープウェーが通っているわけでもない、自然のままの山なのに、あれだけの人がいるのにも驚いたし。達成感もすごくありましたよ。
−ガイドとして毎日富士山に登っていた大学時代、富士山に対する認識が変わるようなことはありましたか。
ずっと登頂を目的に山に登っていたので、腰を落ち着けてひとつの山と付き合ったのは富士山が初めて。富士山は5合目を越えると緑も少ないし、自然は決して豊かじゃない。でもだからこそ変化がよく見えるんですよ。例えば、気温が低いから7月に春の花のシャクナゲが咲いている横で、ちょっとの寒暖差で秋になったと勘違いしたアキノキリンソウが咲き出すとか。7月と8月でも見せる表情は全然違う。富士山のおもしろさがよくわかったし、富士山が好きになりました。それに富士山は、人も魅力的なんですよ。
−富士山に登る人たちですか。
そうです。富士山の年間30万人の登山者のうち、6割は「山登りは初めて」な人たちなんです。世界中の4000メートル近い山で、そんな山は他にない。それが可能なインフラが整っているということなんですけど、本当にいろんな方がいらっしゃって、おもしろいですよ。「富士山に登れたらもう思い残すことはない、だから何が何でも登りたい」という方もかなりいらっしゃる。無理はよくないけれど、そのくらいの意気込みで来てくださると、ガイドとしてもやりがいはあります。
−ガイドの仕事というのは、具体的にどんなことですか。
適切なペース、適切な指示で、安全に無理なく、登山の楽しみを味わってもらうのが仕事です。お客さんが95の力を持っているとしたら、100の力になるように、残りの5を足すのが仕事というか・・。荷物を持ってあげるわけでも、お客さんを背負うわけでもなく、時には手を引いたり、声をかけたり、深呼吸を促したりして自分の足で頂上まで登っていただきます。富士登山には山登りの感動が凝縮されていますから、次の登山につながるといいなあと思っています。実際、登山を続けられる方も少なくなくて、僕がキリマンジャロ、キナバル、アコンカグアにお連れしている方もいますよ。
−みなさん、どんなことに感動されますか。
富士登山の行程はいろいろありますけど、初めての方が一番感動するのは、やっぱり頂上でのご来光です。山小屋からもご来光は見られるのに、みなさん、夜中、寒い中を山頂に登って、ご来光を見ようとする。頑張ってようやく着いた山頂で見るご来光に価値があるんです。それを待っている間に見上げる空の無数の星の瞬きや流れ星の美しさ、顔を出した途端、芯まで冷えきっていた身体をぽかぽかにしていく太陽のすごさ、眼下に広がっていく雄大なパノラマ・・。みなさん、本当に感動されるし、僕も毎回感動しています。
−日本で一番高い、姿形が美しい、そして登山の素晴らしさも体験できる・・。でもそれだけではない魅力もありそうな気がします。
あまり好きな言葉ではないですけど、やっぱり“パワースポット”なんだと思います。登っていても、他の山とは全然違う荘厳さがある。富士山は富士講で有名ですけど、やっぱり神様が住む、神聖な場所だと思います。世界遺産の指定を、自然遺産じゃなくて文化遺産で受けたというのは、僕としてもしっくり来ました。
−去年の夏、6歳の息子さんと一緒に富士山に登られたそうですね。
僕は息子に山登りを好きになって欲しいという気持ちもないし、勧めたこともないんですよ。でも息子が自分から「富士山に行ってみたい」と言い出して。たまたま日程があったので、一緒に行ってきました。
−6歳で富士初登山。すごいですね。
出発したのは朝で、最初は元気に登っていたんです。でも8合目からは高山病になって、吐き続けてました。僕は本人が「おりる」と言ったら、おりるつもりだったんですよ。でも、「どうする?」と聞いても「おりる」と言わない。とにかくゆっくりゆっくり歩いて、登り切りました。
−息子さんは何と話していましたか。
すごく大きな自信になったみたいだし、自慢みたいですよ。母親に「ちゃんと頂上まで登ったよ。僕、すごく頑張ったんだよ」って言ってました(笑)。僕も息子は本当によく頑張ったと思います。山って、人生だとかビジネスだとか、いろんなものにたとえられる。どんな人でも頂上の直前で苦しんで、ぎりぎりまで頑張ってようやく登るのを僕はたくさん見てきたし、そのプロセスは、何をする上でも大事だと思っているので、6歳でそれを経験できたのは、すごく大きかったんじゃないかな。苦しかったはずだから、もう登山は嫌になるかな、と思っていたら、「今年も登りたい」って。日程があえば、また一緒に行きたいですね。
−最後に改めて、山田さんが考える富士山の一番の魅力を教えてください。
富士山はよく「登る山じゃない、見る山だ」と言われますけど、僕は大賛成です。ただし、きれいな形を見るんじゃなくて、「富士山から景色を見る山」。日本一の展望台ですからね。視界がいいと三重から千葉まで見えるし、起伏に富んだ海岸線もずーっと見える。夜はもちろん夜景です。東京、横浜、さいたま市辺りの夜景は、ちょっと明るすぎるんじゃないか、と思うくらいきれいですよ。隅田川の花火大会やレインボーブリッジも、ちっちゃくだけど、見える。海岸線や街が見える4000メートル近い山は、世界でも数えるくらいなんです。だいたい4000メートル近い高さの山は海岸線からも街からも離れているものだから。さらに珍しいのは、あれだけの高さの山が、山脈じゃなくて独立峰だということ。一面の雲海は富士山ならではですしね。ぜひ富士山からのあの景色を、たくさんの人に見て欲しいです。
1979年5月8日 神戸市出身 東京大学経済学部在学中に、キリマンジャロ、アコンカグア、マッキンリー、エベレストなど七大陸最高峰を制覇。当時の最年少登頂記録を更新する。その後は国内外で登山ガイドとして活動。2006年4月からはマッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとして働く。2010年2月、「登山人口の増加」と「安全登山の推進」をミッションに掲げて、アウトドアベンチャー企業・株式会社フィールド&マウンテンを設立。登山道具のレンタルと、登山情報と登山のおもしろさを伝えるフリーペーパー「山歩みち」を刊行している。現在も登山ガイドとして、お客さまを連れて国内外の山に登っている。