−ふじさんミュージアムで手話ガイドをすることになった経緯から教えてください。
ふじゑ 2014年の秋に聴覚障害者協会の1泊旅行で石川県金沢市の兼六園に観光に行った時に、地元の聴覚障害者のお2人が手話でガイドをしてくださったんです。これまでにもいろんなところに観光や研修で行きましたけど、手話ガイドさんがいたのは初めて。ガイドさんたちのおかげで兼六園の歴史や魅力がよくわかって、とても楽しい観光になりました。その時に、私も手話ガイドをやりたいなと思って、その話を地元の富士吉田市の福祉課のある職員さんにもしたんです。そしたら、しばらくたってその職員さんから「ふじさんミュージアムで手話ガイドをやってみませんか」と連絡が来たんです。
暢夫 その職員さんが、福祉課からふじさんミュージアムに異動されてたんですね。
ふじゑ それで、「よしやろう、一緒で研修を受けよう」と主人を誘いました。
暢夫 1人で行ってもよかったんですが、2人で研修を受ければ情報が共有できるし助け合えますから、一緒に行こう、と。研修期間は一昨年の11月から去年の7月までの9ヶ月。月に3、4回のペースでした。ふじさんミュージアムの学芸員の篠原武さんの指導には毎回手話通訳がついてくれたので、とてもいい環境で研修を受けることができました。
−研修は楽しかったですか。
ふじゑ 富士山を見るたびに、きれいだなあ、と思ってはいましたけど、歴史についてはほとんど知りませんでしたから、おもしろかったですね。難しくて1度聞いただけでは理解できないこと、覚えられないこともたくさんありましたけどね。
暢夫 よく2人で、家で復習したね。
ふじゑ ええ。これはどういう意味だっけ? とお互いに尋ね合ったり、一緒に資料を読み返したり。でもそれも楽しかったですよ。
−研修で新たに知ったことで、最も印象的なことはどんなことでしたか。
ふじゑ 富士吉田の街には御師という、富士講のお世話をし、宿を提供する人たちが、昔はもっともっとたくさんいたことです。
暢夫 僕は、角行という人が富士講を始めたという話がとても興味深かったです。角行という人は素晴らしい人物だと思いました。
−角行について、少し説明していただけますか。
暢夫 修験道の行者です。長崎に生まれて諸国を修行して周った後、富士山麓、今の富士宮市にある人穴という洞窟で苦行をしたとされています。その角行は江戸時代、3日間で1000人が亡くなるような疫病が流行った時に、その疫病を防ぐためのお薬のようなものを農家の方達に配ってたくさんの人たちの命を救ったとされています。ろう者が富士山について知っていることといえば、高さ3776メートルの日本一の山だ、ということくらい。歴史のことはほとんど知らない。それではもったいないな、と思います。篠原さんには歴史のことを細かく教えていただいたし、富士山の歴史の中で立派な方がたくさんいると知りましたから、それを伝えるための努力をしていきたいですね。
−これまでに手話ガイドは何回されましたか。
暢夫 最初の1回は僕が1人でやって、あとの3回を2人一緒にやりました。人数が多い時は半分に分けて1人ずつ、少ない場合は2人で交代しながらやっています。
−初めて手話ガイドをした時は、どんな気持ちでしたか。
暢夫・ふじゑ すごくドキドキしました(笑)。
ふじゑ 勉強したことをきちんと話せるだろうかと不安でしたけど、とにかく頑張りました。帰りにお客さんに感想を聞いたら、「よかったよ。でも、もう少し詳しい話も聞きたかったな」と言ってもらい、お客さんのニーズに合わせて、説明の内容を変える必要があるんだなと思いました。
暢夫 歴史に関する話をするので、正確に、間違いがないように説明しなければ、とすごく緊張しました。でも説明の足りないところがいくつもあったと、反省点も多かったです。もっともっと勉強が必要だと思いましたね。
ふじゑ でも2回目、3回目の時には、「とても良かった」とお客さんが言ってくれたので、ちゃんと満足していただけたんだな、と感じてすごく嬉しかったです。手話ガイドをやることにしてよかったな、と思いました。
暢夫 最初の時は失敗もたくさんあったし、お客さんの表情には僕への気遣いがあらわれていたけど、だんだん、ニコニコしながら説明を聞いてくれるようになっているのは嬉しいですね。お客さんに満足してもらうためには、やっぱり知識と技術を磨かなきゃいけないんだな、と思います。同じことを説明するにも、ただの繰り返しにならないように、毎回工夫をしながらやらないといけないなと思っているので、2人で相談したり、アドバイスし合ったり、工夫しながらやっています。ミュージアムから頂いた資料を読んだり、わからないことを篠原さんに聞くだけでなく、自分たちでもインターネットで調べたりしています。あと、難しいのは手話での表現ですね。
ふじゑ 歴史用語は決まった手話表現がないことが多いんですよ。だから、例えば“御師”を表現する時に、指文字で“お”“し”とするのがいいのか、手を合わせてお祈りするような仕草をした方がいいのか、それとももっといい伝え方があるのか、とか。そこは2人で同じ表現を使いたいので、どんなふうに表現するか、お互い確認しながら研修を受けてました。
−歴史用語の手話表現をお2人で開発しているようなものですね。
ふじゑ そうですね。そういう手話の本を作りたいくらいです(笑)。そうすれば、ろう者の皆さんも歴史や手話ガイドに興味が出てくるかもしれないですからね。
−お2人のことも少し教えてください。馴れ初めは?
暢夫 (照れ笑いを浮かべながら)山梨県聴覚障害者協会青年部の交流会のぶどう狩りで出会いました。その時に撮った写真を手紙と一緒に1週間後に送って、それから1週間に1回は必ず手紙をやり取りするようになって・・。1年経たないうちにプロポーズしました。
ふじゑ “写真をありがとう”と返事を書いたら、またすぐに手紙が来たんですよ。しょうがないなあと思いながら返事を書いてました(笑)。たまに甲府でデートしたりすると、方向は違うのに必ず私を実家まで送ってから帰ってくれましたね。桃農家の実家がすごく忙しい時には手伝いにも来てくれて・・。でも富士吉田にお嫁に来てびっくりしたのは、気温があまりに違うこと。こっちは寒いんですよ。もう40年以上になりますから、慣れましたけどね。
暢夫 結婚式が3月だったのでまだ寒かったんですよ。それで式に出席した妻の両親が、こんなに寒くて大丈夫か、とすごく心配して・・。「僕が妻を守ります」と約束したら、安心してくれました。
−すてきなお話ですね。結婚生活が仲良く長続きする秘訣を教えてください。
暢夫 (照れながら)結婚する時にした、「僕が妻を守る」という約束が、守られている、ということだと思います。
ふじゑ 協力し合えたことだと思います。2人とも聞こえませんから、聞こえる人に負けないような生活をしようと2人で努力してきたし、子育ての苦労も支え合って越えて来た。私が何度か病気をした時には、料理を作ったり、家事も手伝ってくれました。そうやってお互いに協力し合えることが、何より大事なんだと思います。
暢夫 本当にそうだね。
−富士山にはどんな印象を持たれていましたか。
暢夫 僕は子どもの頃から見てますけど、逞しいなあとずっと思っていましたね。東京の学校でいじめにあった時も、山梨には富士山があるんだから負けるものか、と思って頑張りました。
ふじゑ 実家からは富士山の頭のあたりだけが見えていたんですが、ちゃんと見たのはお嫁に来てからです。すごく大きく見えるので最初はびっくりしました。いつもきれいだな、と思って見ています。登りたいとは思わないですけどね(笑)。
−どんなところが富士山の魅力だと?
ふじゑ 四季それぞれに違う富士山が見えることですね。雪が積もっていたり、緑だったり、紅葉だったり、ダイヤモンド富士だったり。どれもきれいですよ。
暢夫 僕は“富士山”という漢字が、かっこいいなあと思いますね。見るからに逞しそうな感じがして好きです。
−一番好きな富士山は?
ふじゑ 雪の富士山かな。
暢夫 うん。どの富士山も好きだけど、五合目くらいまで雪が積もった富士山は女性らしくて、特別きれいだと僕も思います。
−手話ガイドとして、これからやりたいことは?
暢夫 もっともっといい手話ガイドができるように頑張りたいですし、後継者になってくれる若い人を探したいですね。
ふじゑ あと、ふじさんミュージアムだけじゃなく、周辺の観光地や博物館とかも合わせガイドができたらいいな、と思っています。手話ガイドは全国各地でだんだん増えているみたいですし、他のいろんな観光施設や観光地にも手話ガイドがいるのが当たり前になってくるといいんですけどね。
暢夫 手話ガイドの存在が当たり前になれば、ろう者ももっと自由にいろんなところに行けるだろうし、楽しみも増すと思います。選択の幅が広がって、自由度が高くなるといいですよね。手話ガイドがいるといいね、と思ってもらえるためにも、僕らは頑張らないとね。
ふじゑ 本当に。全国に富士山とふじさんミュージアムの魅力をしっかり伝えていきたいです。手話ガイドができる機会を与えていただいたこと、そして支えてくれている皆さんに心から感謝しています。
せきねのぶお 1945年1月5日 富士吉田市生まれ
せきねふじえ 1949年1月17日 櫛形町(現南アルプス市)生まれ
1973年3月に結婚。1女1男を授かり、現在、孫が3人。2015年にふじさんミュージアムからオファーを受け、約9ヶ月の研修の後、2016年秋から同ミュージアムで手話ガイドを務める。暢夫さんの趣味は電車の写真撮影とドライブ、ふじゑさんはお花を育てること、手芸、陶芸、クラフトバンドなどが趣味。
関根さん夫妻の手話ガイドの申し込みや問い合わせは同ミュージアムまで。
ファックス 0555(24)4665、電話 0555(24)2411。
ふじさんミュージアムHP:www.fy-museum.jp