みんなで考えよう

富士山インタビュー

僕たちに“大切に思う気持ち”があれば、富士山は世界文化遺産であり続けると思います

市職員として勤続30年の内藤武正さんは富士宮市の富士山世界遺産課公式Twitterアカウントの“中の人”。
アカウントを開設した2020年1月から“最低でも1日1ツイート”を継続しています。
富士山はもちろん、富士宮市、市内の構成資産について語る口元からは微笑みがこぼれます。
お仕事に対する、“仕事”を超えた内藤さんの使命感と熱意が伝わってくるようでした。
写真:飯田昂寛&取材・文:木村由理江

“中の人”を始めてから“自分の心の声”に敏感になりました

−富士山世界遺産課の成り立ちについて教えてください。

 世界遺産の登録前に富士宮市教育委員会文化課にあった富士山文化課が、2013年の登録を機に名称と組織を変更して富士宮市役所企画部富士山世界遺産課になりました。課長以下、企画係と土木技師、建築技師など技術職ばかりの計画推進係がそれぞれ3人ずつ、計7人で動いています。具体的には、世界遺産である富士山にふさわしい街づくりのための用地取得や整備、富士山が世界文化遺産であることや登録の理由である“信仰の対象と芸術の源泉”であることを市民のみなさんに広く知っていただくための活動をしています。静岡県富士山世界遺産課や、静岡県、山梨県の両県で構成する富士山世界文化遺産協議会と連携した富士山保全のための取り組み、報道や刊行物への取材対応、イベントの開催や小中学校への出前講座などですね。重要なのは子どものころからの刷り込みだと思うので、小学校高学年から中学生までを対象にした富士山と構成資産に関する冊子も作成しました。ガイドさんだけでなく市民の誰もが、外から富士宮に来た人に富士山や構成資産に関するいろんな話ができるように、また市外から友達が遊びに来たらごく自然に「ちょっと世界遺産の構成資産を回ってみよう」と誘うようになったら嬉しいですね。Twitterもその啓発活動の一環です。

−Twitterを利用しようと思ったのは?

 長く広報にいたこともあり、若い人が旅行でも食事でも必要な情報はスマホで集めているのは知っていましたから、やるなら訴求効果の高いSNSだなと思ったのがそもそものきっかけです。富士山はいつでも誰でもきれいに撮れるので、最初はインスタグラムも考えましたが、市内で広告宣伝などを手掛ける業者さんから「なにより手軽だし、表示回数、リツイート数、リンクのクリック数など効果が目に見えやすいから」とTwitterを勧められて、なるほど、と。多言語にも対応しているし、世界に発信できるという点でもTwitterでよかったと思っています。

−どんなことを意識してツイートされているのでしょう?

 著作権や肖像権のことを気にするくらいで、それ以外はあまり意識してはいないです。“富士山世界遺産課”のアカウントではありますが、庁内の他のどの課のSNSより投稿の頻度が高いという自負もありますので、富士山世界遺産に関することだけでなく、富士宮という地域のよさも市民目線で発信しています。“最低でも1日1ツイート”は維持しながら、富士山のきれいな写真が撮れた時とか、仕事のこと以外でも日常でふと何かを思った時に、土日祝日、早朝深夜に関係なく自然体でつぶやいています。そもそもTwitterってそういうものなのかな、と思っているので。

-“中の人”になったことで内藤さんの日常に何か変化はあったのでしょうか。

 以前配属されていた広報課で“中の人”をやった経験もありますし、写真を撮ったり文章を書くことは抵抗なくやれていますが、“富士山世界遺産課富士宮市役所”の中の人である自分に“1日1ツイート”を課したことで、日常的に富士山や構成資産について考えるようになりましたし、自分の心の声に敏感になった気がします。例えば“よかった”、“きれいだ”と感じた時に、何をどういいと感じたのか、どこがどうきれいだと感じたのか突き詰めるようになりました。自分と同じようにいいね、きれいだねとみなさんに感じてもらえる写真が撮れているかどうか、それほど自信はないんですけどね(苦笑)。とはいえ画像は訴求力がとても高いので富士山の写真を載せると反応も非常に多い。世界の宝である富士山の情報発信の一端を担っていると思っていますから、それは大きな励みになっています。

富士宮市は“富士山を見ながらゆっくり歩いて楽しめる街づくり”を目指しています

−富士山が世界遺産に登録されたことで富士宮市にはどんな変化がありましたか。

 以前から富士山中心の街づくりを進めてきましたが、登録後は“世界遺産富士山のまち・富士宮”というキャッチフレーズにふさわしい品格のある街づくりをしていきましょうという機運が庁舎の中で高まっているのを感じます。構成資産の整備も進んでいて、例えば白糸ノ滝は、イコモスからの指摘を踏まえて滝壺の近くにあった売店を撤去し、橋を景観に合うものに掛け替え、エントランス部分を整備しました。他には富士山と市内の構成資産を総合的にガイダンスできるような構成資産案内所も新たに作りました。来年で登録から10周年を迎えますが、次の10年に向けて、富士宮の中心市街地である静岡県富士山世界遺産センター周辺から富士山がもっとよく見えるようにしたいと考えています。いずれ富士山を眺めながらゆっくり歩いて楽しめる街になるはずですので、楽しみにしていてください。

-富士宮市内にある構成資産、富士山本宮浅間大社、山宮浅間神社、村山浅間神社、人穴富士講遺跡、白糸ノ滝の中で一番のお気に入りを教えてください。

 う〜ん・・。強いてひとつ挙げるとすれば、西暦110年ごろに富士山の噴火を鎮めるために作られたといわれている山宮浅間神社でしょうか。富士山本宮浅間大社の元宮です。本殿はなく、石段を登った先にある遥拝所から真っ正面に富士山が見える。神仏習合だった昔、そこに神職やお坊さんが整然と並んで富士山を拝んでいたんだなというのを実感できるし、富士山の霊力も感じられます。「ここに来ると空気が違う」と言われる方も多いです。あと村山浅間神社もぜひ足を運んでいただきたいですね。樹齢1000年を超える大杉の御神木や富士山で厳しい修行をし、最後は即身成仏になった末代上人が氏神さまとして祀られているお社がありますし、遠くに駿河湾も見えて、伊豆大島に流罪になった役行者が夜毎走って海を渡り、村山を経て富士山頂に登っていたという伝説が、なるほどと思えるんですよ。あっ、人穴富士講遺跡の、富士講信者が建てた232基の碑塔群も・・。やっぱりひとつ選ぶのは難しいですね(苦笑)。

-富士山に登られたことは?

 3回あります。1回目は2003年の静岡国体の炬火を富士山頂で採火する際に、広報課の仕事で行きました。みんなはブルドーザーでしたけど、僕だけ歩いて登らせてもらいました。あとの2回は、広報課に戻ってきた2016年と2017年。夏に市役所の富士山支局を開設しようということになり、九合目の万年雪山荘に広報課の職員が交代で駐在してTwitterを含めいろんな発信をした時です。仕事以外で登りたい気持ちはあるんですけど、なかなか機会がなくて・・。きっかけがあればいつでも登るつもりでいます。

構成資産を長く守り続けてきた地元の人たちの信仰心に敬意を表したいです

−富士山にまつわる思い出を教えてください。

 直近の思い出は、今年のお正月に富士山から昇る初日の出を3回見たことですね。最初に市内北部にある自宅で低い位置の稜線から顔を覗かせた初日の出を見て、次にもう少し北の朝霧高原に移動して中腹に近い稜線から出る初日の出を、さらにもっと北の根原に移動して少し高い稜線から昇る初日の出を見ました。去年の元日から始めたんですが、富士宮に住んでいるからこそできることだと思うので、しばらく続けようと思っています。

−富士宮市に住んでいるからこその楽しみですね。他にも何かありませんか。

 富士山の雪解けのころに、富士吉田の方から山肌に残る残雪が鳥の形に見える“農鳥”というのがありますが、富士宮から見える残雪も何かに見立てられたらおもしろいだろうなと思って、雪の時期は目を凝らして山腹を見ています。たまに観音さまや富士山に馴染みのあるかぐや姫に見立てられそうな雪の形を見つけると、嬉しいですよ(ニコニコ)。富士宮に限らず、富士山周辺に住んでいる人ならではの楽しみ方だと思います。

−内藤さんが思う富士山の魅力は?

 今も昔も人々を敬虔な気持ちにさせるところじゃないでしょうか。富士山が文化遺産になったのは、富士山に登ることで霊力をいただきたい、念願を成就させたいと願った修験道や富士講の人たちが長く大切に富士山を信仰してきた実績が認められたからですが、今も人々は、弱い自分に打ち勝ちたいとか願いを叶えたいと強く思って富士山に登っています。富士山の姿に手を合わせる人も少なくないですしね。形は変わっても、昔も今も思いは変わっていない。敬いの気持ちを持ち続け、富士山や富士山の神を祀る神社など先人が残してくれた信仰遺跡を大切にし続け、そしてそれを未来につなげていくことが、僕たちに課せられた役割であり、僕たちがそういう気持ちを持ち続ける限り、富士山は世界文化遺産であり続けるんだと思います。あともうひとつ忘れたくないのは、世界遺産登録によって焦点が当てられた構成遺産を長く守ってきた地元の人たちです。構成資産がきれいに維持されていたことが登録の後押しになってもいると思いますから、地元の人たちの信仰心や地元を大切に思う心には本当に敬意を表したいです。そういった地元の人たちの声をもっと聞くには、土日祝日に開いている案内所に行くのが一番なので、時間がある時にはなるべく各案内所に足を運ぶようにしています。

−休日返上で富士山三昧ですね。

 そうですね(苦笑)。でも楽しいし、勉強になるし、富士山を守る役にも立つ。そうやってたえず富士山のことを考えてないと、つぶやけないですよ。

−印象に残っている富士山、心に残る富士山は?

 東日本大震災があった時の富士山です。被災地では大変なことになっていて、報道でそれに触れた僕も途方に暮れるような気持ちになりましたが、目の前の富士山はどっしり構えてそこにいた。きっとなんとかなる、みんなで乗り切れるはずだと思ったことを憶えています。東日本大震災の4日後の3月15日に富士宮で最大震度6強の揺れを感じた時も、富士山がなんともなければ大丈夫だ、と。僕は別の街に行ってもつい、富士山は見えないかと探してしまう癖があるんですが、日本のランドマークである富士山がこんなに身近にずっとあるのは、誇らしいことだと思います。県外出身の職員の中には、富士山があるからという理由で富士宮市役所を選んだ人も多いみたいです。富士山って本当にすごいんですよね(笑顔)。

内藤武正
ないとうたけまさ

ないとうたけまさ 1970年 富士宮市生まれ 市内の高校を卒業後、神奈川大学法学部へ。1992年、富士宮市役所入庁。主に福祉、広報畑を歩み2018年4月から現職。小学校時代は地元のスポーツ少年団でスピードスケートを楽しみ、中学時代はテニス部、高校時代は陸上部で円盤投げ、大学時代は柔道とスポーツに親しむ。地元に戻り、柔道で肩を怪我して以降、高校時代から興味があった長距離走に。かつては“走る広報”とも呼ばれ、富士登山駅伝を走ったことも。フルマラソンベストタイムは2時間42分。興味があるのは、食べること、きれいなもの、かわいらしいもの。

富士山世界遺産課公式Twitter:https://twitter.com/fujinomiya_223

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員
松井由美子英語通訳案内士・国内旅程管理主任者
涌嶋優スカイランナー、富士空界-Fuji SKY-部長、日本スカイランニング協会 ユース委員会 委員長・静岡県マネージャー
岩崎仁合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」代表
門脇茉海公益財団法人日本交通公社研究員
渡邉明博低山フォトグラファー・山岳写真ASA会長
藤村翔富士市市民部文化振興課 富士市埋蔵文化財調査室 学芸員
勝俣竜哉御殿場市教育委員会社会教育課文化スタッフ統括
前田友和山梨自由研究家
杉山浩平東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 博士(歴史学)
天野和明山岳ガイド、富士山吉田口ガイド、甲州市観光大使、石井スポーツ登山学校校長
井上卓哉富士市市民部文化振興課文化財担当主幹
齋藤天道富士箱根伊豆国立公園管理事務所 富士五湖管理官事務所 国立公園管理官
齋藤暖生東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
池川利雄ノースフットトレックガイズ代表、富士山登山ガイド
松本圭二・高村利太朗山中湖おもてなしの会副会長, 山中湖おもてなしの会会員
関口陽子富士山フォトグラファー
猪熊隆之山岳気象予報士・中央大学山岳部監督
髙杉直嗣2021年御殿場口登山道維持工事現場代理人
羽田徳永富士山吉田口登山道馬返し大文司屋六代目
内藤武正富士宮市役所企画部富士山世界遺産課主幹兼企画係長
河野清夏フジヤマミュージアム学芸員
中村修七合目日の出館7代目・富士山吉田口旅館組合長・写真家
野沢藤司河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール館長

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