−最初に「マウントフジ トレイルステーション」について教えてください。
開山期の御殿場口新5合目に開設される、コミュニティースペースです。一昨年、8月半ばに9日間のトライアルを実施して、昨年から本格的に始動しました。今年の開山期間中にも、開設予定です。御殿場口を訪れる人の目的は、登頂を目指すだけでなく、山道を走るトレイルランニング、双子山や宝永山へのトレッキング、自然休養林へのハイキング、登山はせずにドライブのついでなど、多岐にわたります。みなさんに、安全な登山と富士山の環境保護のために必要な情報を知ってもらうことを一番の目的としています。例えば、高山病対策や安全登山のためのアドバイスをさせていただいたり、ゴミの持ち帰りをお願いしたり、ですね。富士山での思い出を、よりいいものにしていただくおもてなし場、とも考えています。あと、御殿場口ならではの富士山の楽しみ方の提案や発信もしています。
−体験型のイベントも、いろいろ企画されているそうですね。
去年は、登山初級や中級者の方々にも楽しんでいただけるような企画を実施しました。「富士山トレイルランニングセミナー」、満月の夜に行われる双子山への「富士山満月トレッキング」、「富士山に住む女子プロカメラマンと行く富士登山ツアー」等々。ただ、去年は天気になかなか恵まれなくて。63日間の開山期間中32日間雨が降って、快晴と言える日は10日くらいしかありませんでした。早朝は晴れていても、8時くらいになると曇ってくる日が多かったです。「富士山トレイルランニングセミナー」を雨で何度か中止にしたし、「満月トレッキング」も雲がかかっている時間帯の方が多かったし・・。今年は、快晴の日が多いといいんですけどね。
−子供の頃から、富士山ヘの思いは人一倍強かったんですか。
正直言って、「マウントフジ トレイルステーション」の活動に参加するまでは、いつも目の前にある富士山の存在が当たり前すぎて、富士山を特別なものとして意識したことがなかったんです。それが、地元の同級生から「地元の御殿場や御殿場口を活性化する活動を一緒にやらない?」と誘われ、この活動に携わるようになったのがきっかけで、富士山と御殿場のつながりの大切さを再認識しました。それ以降、これだけ身近にありながら知らなかった富士山の歴史を、登頂以外の富士山の楽しみ方を知った、という感じです。富士登山のゴールは、山頂だけじゃないんですよ。山頂を目指さなくても、双子山や宝永山をトレッキングしたり、自然休養林にハイキングしたり・・。楽しみ方がいろいろあるな、と。あるいは、皇太子殿下がお使いになったルート、通称「プリンスルート」(富士宮口から宝永山を経て山頂へ登り、御殿場口へ下山する)を使えば、無理なく日帰りで登頂も楽しめます。私たちが発信したいろんな情報をたくさんの人が受け止めてくれているのを感じるし、私自身も、地元や富士山を新発見しながら活動が楽しめている。この活動に携われて本当によかったと思っています。
−青嶋さんは御殿場の出身。御殿場の小学生の遠足の定番は、やっぱり富士山なのでしょうか。
小学校の遠足は、確か宝永山でした。御殿場口から登り出したら1時間足らずで雨が急激に降って来て、結局、引き返したんですが、それが私にとって、富士山の山頂を目指すきっかけになった気がします。身近にある見慣れた山がちょっと特別に思えたというか。そのあと、小学校5年生、10歳の時に父と2人で初登頂しました。父も山が好きで、よく山に連れて行ってくれていたんですよ。その時は、夕方くらいから登って、山小屋で1泊して、ご来光を見て帰ってきました。
−父と息子、男同士、2人だけで行くことに何か意味があったのかもしれないですね。
その頃の私は、「これにはどういう意味があるんだろう」というのは当然ながら考えてなくて(笑)。私は「うわっ、富士山に行けるんだ!」みたいなノリでしたけど、父としては「子供の頃に山頂からの景色を見せておきたい」という気持ちがあったのかもしれませんね。初めての体験だから、すごく楽しく登った記憶があります。けっこうはしゃいで、父より先にどんどん登って、途中、息が苦しくてぜいぜいしたり。頑張れば自分でも日本一の富士山の頂上まで行けるんだ、嬉しいなって思ったのを、今でも覚えてますね。それで次の年も父と一緒に登頂しました。
−これまでに何回くらい登頂しているんですか。
10回くらいです。中でもすごく記憶に残っているのは、初めて1人で登頂した時のことですね。東京の大学を出て、東京のジュエリーの専門学校に通いながら就職活動をしていた時に、次の春から御殿場に戻って家業を手伝おうと決断したんですよ。やるからにはしっかりやるぞ、と覚悟を決めて、そのためにも今のうちに旅行でも何でも、できることをやっておこうと考えた時に思いついたのが富士山でした。何か達成感を得ておきたかったのかもしれないですね。その時は、夜明け前に須走口から出発して、山頂の手前でご来光を見て、登頂して帰って来たんですけど、3000メートルを超えてからの苦しさや頂上から見た景色は、今でも忘れないですね。
−自らに課した成人の儀式、みたいですね。独り立ちしたぞ、みたいな感覚もあったんでしょうか。
確かに近いものはあったかもしれないです、「俺はやったぞ!」みたいな。
−青嶋さんのお勧めの登山ルートはありますか。
先ほども話に出た、通称"プリンスルート"です。標高2380メートルの富士宮口から登り始めて、宝永山の火口を眺めながら宝永山の馬の背と呼ばれるところを通って横移動するように御殿場口の6合目に合流し、そこから山頂を目指して帰りは御殿場口をずっと下る、というルートです。距離が長く、急な登りが多い御殿場口から登るよりも体力的に楽だし、宝永山の火口も見られるので富士山の歴史にも触れられる。私はずっと御殿場口と須走口からばかり登っていたんですが、去年、2回、そのルートで登って、すごくいいルートだな、と思いました。「前回、高山病で頭が痛くなって、あまりの辛さに山小屋から引き返したんだけど、やっぱりどうしても山頂に行きたい」という知人と去年、プリンスルートで一緒に登ったんですが、今回は無事に頂上まで行けましたからね。高山病にならないように、標高に順応する時間をしっかりとって登れば、初めて登頂を目指す方にも無理のないルートだと思います。
−青嶋さんが考える富士山の魅力を教えてください。
まずは、なんと言っても"日本一"なことですよね。日本で2番目に高い山、3番目に高い山の名前を知ってる人は少ないけど、日本で一番高い山は富士山だって、みんなが知っている。しかもそこには登山経験のほとんどない人も登れるような設備が整っていて、自然休養林とか宝永山とか、初心者が楽しめるコースがたくさんあるのも魅力だと思います。あと、世界中の誰が見ても「美しい!」と思う形をしていて、世界中の人から愛されている、というのも大きいですよね。しかも眺める場所によって、違う表情が見られるのも、おもしろいと思うし・・。
−御殿場市内から見える富士山にはどんな特色がありますか。
御殿場市内でも方角によって見え方に違いはありますけど、基本、すごく雄大で稜線がなだらかな優しい富士山ですね。ちょっと女性的、と言ってもいいのかもしれない。あと、過去の噴火でできた宝永山や双子山も含めた、富士山全体を仰ぎ見るように拝めるのが御殿場市です。子供の頃から市内からの富士山を見慣れているので、自然休養林からの富士山の見え方も、自分にとってはすごく新鮮でした。その違いが面白くて、この2、3年は何度も富士山に行っています。
−青嶋さんはその表情の違いに、魅了されているわけですね。
そうですね。山梨側と静岡側の富士の表情は違うし、同じ静岡側でも、御殿場市と裾野市と富士市と富士宮市でもそれぞれ違います。登頂はもちろん、それ以外の富士登山体験も本当に素晴らしいので絶対にお勧めですけど、眺める方角や季節や時間帯によって富士山の見え方が違うことを、ぜひ知っていただけたら、と思います。それを確かめにぜひ御殿場に来て、見て、登ってみてください!
1979年8月8日 静岡県御殿場市出身 中央大学卒業後、専門学校でジュエリーについて学び、家業の株式会社大和屋時計店に勤務。現在、株式会社大和屋時計店常務取締役の傍ら、富士山ツーリズム御殿場実行委員会実行委員長、「マウントフジ トレイルステーション」の実行委員長として御殿場と御殿場口の魅力発信に精力的に取り組んでいる。 http://mtfujitrailstation.com/