みんなで考えよう

富士山インタビュー

富士山が信仰の山であり、それを支えた御師の文化があったことを伝えていきたい

かつて北口本宮冨士浅間神社の一の鳥居である金鳥居から富士山に向かう道の両側は、“御師の街”でした。
御師とは富士山を御神体とし、信仰のために富士山登山する人たちに宿泊場所として自宅を提供し、その世話や祈祷を行ったとされる神職のような存在。
最盛期には道の両脇に86軒もの御師の家が軒を連ねていたそうです。
現在、御師業に携わっている人はごくわずかで、上吉田の街に当時の面影はありません。
そんな中、2016年9月に、代々続いた御師の家をリノベーションして複合型ゲストハウスをオープンした大鴈丸一志・奈津子夫妻。その思いを伺いました。
写真:井坂孝行/取材・文:木村由理江

市の助成金とクラウドファンディングで資金を調達しました

−400年続いた御師の家をリノベーションして残そうと思ったきっかけは?

一志 両親からも祖父母からも「家を継げ」と言われたことはなかったんですが、祖父に言われた「お前は御師の18代目だ」という言葉は心に残っていて。東京のインテリア専門学校を卒業して都内の木工所に勤めたあと、さらに木工修行するための場所を探して日本各地を旅していたんですが、各地で地元を盛り上げる活動を頑張っている人たちに出会い、また地元を離れて改めて御師の歴史や文化の深さを知って、この家を含めて残していきたい、という気持ちになりました。

奈津子 御師をやっていたのは14代目まで。その後、夫のおばあちゃんが13年くらい前までここで“富岳荘”という民宿をやっていました。私たちもいずれ宿泊業をやりたいと思ってはいたんですが、許可を取るには今の建築基準法に合わせた建物にしなくてはいけない。その資金をどう調達しようかと思っていたら、2016年に御師の家の保全のための工事費の半分を市が助成してくれるという話が出て来て、それを機に足りない分はクラウドファンディングで集めることにしてリノベーションしました。基礎は地元の大工さんにお願いして、内装は全部、夫がやりました。半年くらいかかりましたね。

−複合型のゲストハウスにしたのは?

奈津子 この家と御師の文化を伝えていくというのが私たちの目的の一つですが、宿泊業だけで御師の文化を伝えるのは難しいのかな、と思って。もともと私が興味のあったカフェと夫の本業である木工の両方を活かせる空間ができればいいな、と思って複合型ゲストハウスにしたんです。

一志 宿泊だけじゃなくて、地元の人にお茶をしに来てもらったり、自分たちが企画した御師の勉強会や映画の上映会とかに来てもらったり、他の方にイベント会場として使ってもらったり、いろんな人にここを知ってもらったり活用してもらいたかったんですよ。“御師”というとどうしても堅苦しく思われがちなので、間口を広くしたかったというか。

奈津子 興味のない人に無理に、とは思ってませんけど、来た人が興味を持ってくれれば、御師についてもさらっと紹介できますからね。

一志 とにかくいろんな人に御師のことを知ってもらいたい。知ってもらうことでちょっとずつ何かが変わっていくかな、と思って。御師の家は個人住宅なので、取り壊す人も増えて来てますからね。

いずれ麓から富士山に登る、というツアーも企画したいですね

−一番知って欲しいのはどんなことですか。

奈津子 やっぱり富士山が信仰の山だったっていうことですね。

一志 そしてそれを支えた御師という存在とその文化、です。

奈津子 それを知らない人はすごく多いと思います。私も最初は、富士山信仰の歴史も御師の文化も全然知りませんでしたから。例えば、山頂の峰は八葉と呼ばれていて、それぞれの峰に八葉九尊の仏の名前がつけられていたとか、八葉という言葉が元になって、今、“お鉢巡り”とも呼ばれているとか、勉強して初めて知りました。宗教心を持って欲しいということではなくて、そういう歴史があったと知ることでここから富士山に登る人、富士山を見に来た人の気持ちも少し変わるんじゃないかと期待しています。海外からのお客さんは、富士山が見えないと本当にがっかりしちゃうけど、せめて富士山にまつわるいろんな文化だけでも伝えられたらな、とは思ってますね。

−ゲストハウスのお客様の反応はどうですか。

一志 “現代版御師のいえ”なので、本来の御師の仕事である祈祷とかはできないんですが、外国人のお客さんも日本人のお客さんも、こういう古い日本の家に泊まるのは初めてだとか、御師の文化を初めて知ったと喜んでくれています。もっと御師のことを知ってもらうために、いずれは北口本宮冨士浅間神社の、富士山吉田口登山道の起点から富士山に登るようなツアーもできたらいいな、と思っています。五合目からじゃなくて、昔の信仰者はここから登っていたんだよというのを、少しでも多くの人に知ってもらえたらいいな、と思って。

−やはり御師目線ですね(笑)。

一志 (笑)。御師として、ということでいうと、山じめの行事である火祭りを僕らはすごく大事に思っています。とくに2日目の夕暮れ時に行われるすすき祭り。それには御師が出たりするので。

奈津子 すごくおもしろいお祭りですよ。そっちの方が、私たちは好きだよね。

一志 うん。火祭りよりもすすき祭りの方がより“神事”という感じがします。浅間神社の境内の真ん中にある松の周りを、前日に上吉田を練り歩いた2基のお神輿を担いでみんながぐるぐる回って、一般の人もすすきの玉串を持って一緒に回るんですが、火祭りとは違う荒々しさがあって、いいんですよ。

奈津子 その後に灯りを消してお神輿を本殿に戻す時には絹の覆いをかけて赤いシートの上を通っていく。本当に山の神さまを大事にしているなというのを感じます。

−御師については詳しくわかっているんですか。

奈津子 まだまだだと思います。祈祷の言葉も家によって違うみたいだし、具体的にどういう祈祷をしていたのかも、よくわかっていないみたいです。御師は国の偉い人の相談に乗ったりしていろんな情報も握っていたからスパイ的な役割もあったらしいとか、いろいろ教えてもらってはいるんですけどね。お客さんの質問にも答えられるように、もっともっと勉強していきたいです。

子どもたちが大きくなったら一緒に家族で登りたいです

−幼い頃の富士山の印象を教えてください。

一志 当たり前すぎてとくに何も(苦笑)。やっぱり一度地元を離れてからですね。東京から中央高速をバスで帰って来る時に富士山が見えると、“ああ、帰って来たな”と思うようになって、存在を意識するようになったというか。今は車を走らせていてもつい見ちゃいますね。表情が毎日変わるので、富士山を見て季節を感じるようになりました。

奈津子 私はいつか登りたいとずっと思っていて、20歳の頃に大阪の大学の友達と東京からのツアーで登頂しました。ご来光を見た時にはすごく感動したし、生まれ変わるような気持ちになりましたね。その後、月の満ち欠けに沿った農法を学びにコスタリカに行って、23歳くらいで鳴沢村に有機農業をしに来てからは毎日のように富士山を間近で見ていましたが、なんだろう、このすごさは、といつも思ってました。その頃知り合った生年月日と大学での専攻が一緒だった女の子と、仲間も交えて誕生日に登ったこともあります。すごくしんどかったけど、いろんなことに恵まれて、富士山と自分はご縁がある、と感じた登山でした。ただいろいろ迷っていた時期だったので、「よし、メキシコに行って先のことを考えよう」と決めて、お世話になっていたところで最後の収穫祭をした時に、夫と出会ったんです(笑)。

−運命的な出会いですね。で、メキシコには?

奈津子 1ヶ月弱くらい行って、ここに戻って来て結婚したという(笑)。そこから私も夫と一緒に御師の文化を勉強するうちに、この文化を伝えていきたい、と思うようになったんです。

−ちなみに一志さんは富士山頂には?

一志 中学の時に、遠足みたいな感じで麓から五合目まで登ったりしましたけど、頂上は一回だけです(笑)。高校3年生の時にバスケット部の友達と登って、ご来光を見てそのまま帰って来ました。ご来光を見た感動というよりも、ああ、登ったね、みたいな達成感が大きかったですね。地元の人は、身近すぎてわざわざ頂上まで登りに行くのもなあ、と思ってる気がします。今は機会があったら登りたいと、僕は思っていますけどね。

奈津子 子どもたちが大きくなったら、みんなで一緒に登りたいな、と話しているんですよ。まだしばらくは無理だと思いますけど。

−好きな富士山を教えてください。

奈津子 雪化粧した富士山ももちろん好きですけど、夏の富士山も好きですね。とくに赤富士。赤と緑がすごく綺麗で男らしいというか。緑色の富士山は遠くからは見えないから、ここならではの楽しみ方だな、と思いますね。

一志 山小屋の灯りが見えたり、ハイシーズンになると登山者のヘッドライトで人の流れが見えるので、夏の夜の富士山は好きですね。あと、満月の夜空に浮かび上がる富士山や表面が寒さでツルンツルンに光ってる富士山も好きです。

奈津子 ここに住んでいるからこそ、気づけるちょっとした違いってたくさんあるんですよ。ポストカードや写真では見られないリアルな富士山というか。そういう富士山に触れるたびに、贅沢だな、ここに住めてラッキーだなって思いますね。

−お子さんたちにはどう富士山のことを伝えていますか。

奈津子 まだ小さいので“今日は富士山見えるね〜”と話したり「富士の山」を歌ったりくらいですね。

一志 あとは“今日、泊まっていたお客さんは、これから富士山に登るんだよ”と言ったり。

奈津子 だから富士山が見えると“あ、富士山だ!”って嬉しそうですし、大きくなったら富士山に登りたいと言ってますね。

−息子さんは19代目になるでしょうかね。

奈津子 それは子どもの選択に任せます。興味のある方向に進むのが一番だと思うので。

一志 うん。ただまあいつでも戻って来られるようにここをキープしておけたらいいな、とは思いますね。

大鴈丸一志・奈津子夫妻
おおがんまるひとし/なつこ

おおがんまるひとし 1985年 富士吉田市生まれ
おおがんまるなつこ 1983年 大阪市生まれ
2013年に結婚。もうすぐ4歳の息子さんともうすぐ2歳の娘さんがいる。2月には新しい家族も増える。おふたりとも趣味はアウトドア。木工所のfugakuは冬季も営業中だが調和や平和をテーマとする奈津子さんの屋号であるhitsukiと名付けたカフェとゲストハウスは、2019年5月に営業を再開する予定。

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員

supported by