みんなで考えよう

富士山インタビュー

今、私たちが賑やかで楽しい日々を過ごせているのは富士山があるから。本当に富士山さまさまです(笑)

田んぼと畑の緑の中に浮かぶ、四方をガラスで囲まれた高床式の建物。
建築家のル・コルビュジエが提唱した、板状の床と天井、
それを支える最低限の柱と階段があれば住居はできるという
“ドミノ・システム”をもとに作られているそうで、
設計を手がけた手塚貴晴氏が「田んぼのなかのドミノハウス」と名付けました。
壁のないドミノハウスは、自然の中に身をおいているような気持ちになる素敵なお住まい。
松岡ご夫妻の気さくさがさらにその心地よさを高めます。
取材後は、自家製野菜をたっぷり使ったランチ
(カリフラワーのポタージュ、10種類以上の野菜のサラダと玉ねぎのドレッシング、
トマトソースのパスタ、ぶどうのムース・ルバーブのジャム添え)でもてなしてくださいました。
写真:井坂孝行/取材・文:木村由理江

「毎日富士山を見ながら生活したい」と建築家に伝えました

−ガラス張りで、と建築家にリクエストされたんですか。

秀夫さん 私が最初から設計をお願いしようと決めていた手塚貴晴さんは、施主がどんな暮らしを望んでいるかをもとに設計を考える人なんですよ。何部屋ほしいとか、そんなことは聞きもしない(笑)。だから私は三つのことを伝えようと考えていました。まずは、毎日富士山を見ながら生活したい。二つ目が、明るくて風通しのいい家にしてほしい。三つ目が、孫がまた遊びに来たいと思う家にしてほしい、と。そしたらこんな家を考えてくれました(笑)。私は彼の作品を知っていましたからある程度予想していましたけど、妻は最初に模型を見せてもらった時にすごく驚いてましたね。
美喜子さん 開放感のある建物を作る方だとは全然知らなかったから。「中が見えるような模型なんですね。壁はできるんですよね」と聞いたら「いや」って。戸惑っていたら「カーテンを閉めればどこでも壁になる。気になるなら閉めればいいんですよ」と言われました。確かに、壁と違ってカーテンは圧迫感がないし、いつでも開けられる。8年経ってすっかり慣れました(笑)。

−いるだけで気持ちよくなる空間ですね。

秀夫さん そう思います。遊びに来た方も、のんびりできると言ってくれます。
美喜子さん リビングダイニングと寝室、バストイレに2畳程度の収納スペース、と大して広くはないんですが、建物の内と外が一体になっていて開放的ですし、太陽の位置や雲の動きで外の景色も変わる。それで飽きないみたいです。

−元々は別荘として建てられたそうですが、美喜子さんのお父さまの出身地の富士河口湖町を選んだのは?

美喜子さん 私の父は高等小学校を卒業した後、東京で書生をしながら歯科医になりましたけど、長男でしたから、従兄弟たちに助けられながら生家と田んぼはずっと維持していたんですよ。私も子どもの頃から毎年田植えや稲刈りの手伝いに来ていましたし、子どもが生まれてからはGWや夏休みごとに、ここから歩いて5分くらいのところにある築100年近い父の生家に家族みんなで遊びに来ていました。そんな中で、主人がここを気に入った、ということですね。
秀夫さん 中央自動車道の大月インターチェンジから河口湖の方に入ってくると突然富士山がドカンと見えるんですよ。これが本当にきれいでね。ああ、富士山、いいなあ、と。富士山の存在が、やはり大きかったですね。
美喜子さん そしたら何年か前に、父の生家と土地を相続した私の兄が主人に「松岡くん、もしこの辺に何か建てたいなら、田んぼを一枚やるからそこに好きなものを建てればいいよ」って。
秀夫さん それで一番富士山がよく見えて、夏の河口湖の湖上祭の花火もしっかり見えるところを譲っていただきました(笑)。

−ドミノハウスが完成してほどなく、こちらに移住されたそうですね。

秀夫さん 完成したのが2010年11月で、移住したのは2011年4月でした。4、5年は東京で仕事を続けて別荘的に使うつもりでしたけど、二つの住居を管理するのはやはり大変なんですよ。それで勤務先に頼んでここから通える甲府に転勤させてもらいました。せっかくだから田んぼや畑をちゃんとやりたいと考えて、2014年、62歳で早期退職しました。

−美喜子さんはこちらへの移住についてはどう思われたんですか。

美喜子さん 馴染みのある場所でしたけど、別荘を建てると聞いた時には驚きました。しかも移住することになるとは・・。女友達は「歳をとって田舎に行くのはダメ!」という人が多かったですけど、私は移住してよかったと思っています。私の両親のお墓の面倒も見られるし、ここにいるとお金も使わないですしね(笑)。

秋には我が家で13回目のライブを開催する予定です

−人がよく集まるお宅だとお聞きしました。

秀夫さん 気がついたら、そうなってましたね。
美喜子さん 壁がありませんから、誰かが道を歩いてくるとすぐに気がつく。それで挨拶をしたり「お茶でも飲んでいく?」と。声をかけやすい家なんですよ。
秀夫さん 向こうも寄っていきやすいんでしょうね。週に3日くらいは誰かがコーヒーを飲みに寄ってくれます。あと、リタイアしてから私が、いろんな人と繋がる努力をしたことも大きいでしょうね。会社人間でご近所との付き合いはほとんどしてきませんでしたけど、楽しんで老後を過ごすためには夫婦2人きりにならないこと、時には愚痴もこぼし合いながら楽しめる仲間がいることがすごく大事だろう、と思いましてね。今もSNSを通じていろんな方と接点を増やしています。
美喜子さん 今はもう開催されていませんが、以前、富士吉田で毎週金曜日の朝7時から8時まで開催されていた“富士山ごえん会”という異業種の方々の交流会にも、夫婦でよく顔を出していました。おかげで観光業の若い人たちや、フリーアナウンサー等、東京にいたら知り合えなかった業種の人たちとたくさん知り合うことができ、さらに繋がりが広まっています。
秀夫さん 建築当初から、国内外の大学で教えている手塚さんが教え子たちを大勢連れて来たりもしていましたね。一番多い時で62名かな。手塚さんの事務所の所員やインターンが30名以上参加する、毎夏恒例の五合目までのサイクリングの前夜祭も、ここができた翌年から我が家の1階のピロティでやってますよ。
美喜子さん そうやって一度来た人がまた来てくれたり、お友達を連れて来てくれたりする。それでどんどん人が集まるようになっていったんですね。

−最近はジャズのライブも開催されているとか。

秀夫さん アマチュアのビッグバンドに参加している私の弟の関係で知り合った若いジャズギタリストが駒ヶ根と東京を行き来しているというので「近所に来たら寄ってね」と言っていたら、正月早々「泊めてくれ」とやって来たんですよ。その時に彼がここでギターを演奏してくれたんですが、「松岡さん、ここでライブできますよ」と。「それはいいね」と話していたら、今度は日時を指定して「ギターとベースのデュオでライブをやらせてください」って。それが3年前の7月でしたね。
美喜子さん そのライブがなかなかよかったんですよ。ご近所さんもみんな来て、とても喜んでくれた。それがきっかけで回を重ねています。
秀夫さん 今年の秋には13回目をやりますよ。客席や打ち上げの準備、義父の生家に泊まったミュージシャンとスタッフの翌朝の食事の支度と結構大変ですけど私たちも楽しいです。
美喜子さん 定年になったサラリーマン夫婦には、これから毎日ずっと一緒で楽しく過ごせていけるのか? というちょっとした恐怖感があるんですよ。その点、同じ目的を持って互いに協力できるライブが年に何回かあるというのは、いいことだと思っています。
秀夫さん 結局我が家は、富士山とセットになっているから人が集まってくるんだと思いますね。我が家は特殊な建築だけど、建物だけではそうはいかない。それで私たちもいろんなことを仕掛ける、それをみんなが喜んでくれる。その繰り返しで賑やかな日々を過ごせている。東京に住んでいた時には全く想像もしてなかった生活です。
美喜子さん 東京から持ってきた仏壇も一番富士山がよく見えるところにおいて、みんなで富士山を楽しんでいます。本当に富士山さまさまです(笑)。

河口湖の大石から見る富士山は最高だと思います

−毎日富士山を眺める生活はすでに8年を超えましたね。

美喜子さん 初めの頃は起きたらまず富士山を見ましたけど、この頃は当たり前になっちゃいましたね(笑)。
秀夫さん 以前から住んでいる方は「そんなに意識しませんよ」とよく言っているから、私たちもそんな域に到達してきたのかもしれないですね。よく静岡の人は静岡側から見る富士山がいいよと言いますけども、どう見ても、河口湖側の、とくに大石から見る富士山、これは最高だと思います(笑)。
美喜子さん そう。ズドンと見えるし、形もきれいだしね。

−季節とか時間帯とか、とくにお気に入りの富士山はありますか。

秀夫さん 四季折々全部いいですよ。雪をがっつりかぶった真冬の富士山もいいですし、森林限界がよく見える夏の富士山もいい。春の田んぼに逆さ富士が映るのもいいですしね。
美喜子さん 雪が載っているのは富士山らしくて本当にいいですね。移住して富士山を間近に見るようになって、夏の裾野の緑がとても豊かだと気づいたんですが、裾野が緑で森林限界を超えた上が赤々としている夏の富士山は本当に生きている感じがしていいですよ。あと夏の夜、ヘッドランプの灯りで登山道がジグザグに浮かび上がると、今日もたくさんの人が登ってるんだなと思ってつい見ちゃいます。山小屋の明かりを見ても、中の人は今、頑張ってるんだなと思ったりするし。本当に四季折々違うし、いろんなことを含んだ山だと思います。私たちにとっては見る山だから、五合目以上に行ったことはないですけどね(笑)。

−改めてここに移住してよかったと思うことは?

秀夫さん 自然と触れ合える機会がすごく増えたことです。土いじりをして作物を育てる楽しさとか難しさをこの歳になって初めて知ることができた。それは人生の中ですごく大事なことでしたね。
美喜子さん それが目的だったわけではなくて、もらった敷地の周りを草ぼうぼうにしておくわけにもいかず、必要に迫られてやり始めた田んぼや畑ではあったんですけど、意外と楽しくて・・。ただ野菜は一気にたくさんできちゃうので、自分たちで作った愛おしい野菜を無駄にしないためにあれこれ工夫をしなくちゃいけなくて大変です(苦笑)。私たちは野菜等を売らないことをコンセプトにしているので、ご近所に分けたり、お客さまがお見えになると、ご飯をご用意して野菜を消費していただいたり、野菜をお土産に持っていっていただいたり・・。ここではそれぞれにすることもあるし、いろんなことがここまでいい感じに流れてきていますから、ここに移住してきて私たちの老後もよかったんだろう、と私は思っています。
秀夫さん たまに東京に行きますけど、東京の雑踏から解放されて帰ってくると本当にホッとします。
美喜子さん 2人とももう東京の人じゃなくなってしまいました(笑)。

松岡秀夫・美喜子さん夫妻
まつおかひでお・まつおかみきこ

まつおかひでお 熊本県八代市生まれ
まつおか みきこ 東京都北区生まれ

秀夫さんが大学1年、美喜子さんが高校卒業後の春休みにアルバイト先で知り合い、1977年11月に結婚。2人の息子さんを授かり、現在、4人のお孫さんがいる。2011年4月、東京都三鷹市から富士河口湖町に移住。2014年に秀夫さんが早期退職後は、田んぼや畑で作物を作りながら晴耕雨読を地で行くような日々を送る。

*ライブの情報
ドミノハウスLIVE vol.13 箏とヴィオラの優しいハーモニー
2019年10月19日(土)15:00~17:00 要予約 1500円(お菓子付)
演奏者 箏:笹野大栄 ヴィオラ:菜菜子
(お問い合わせ:https://www.facebook.com/domino1511254

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人

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