みんなで考えよう

富士山インタビュー

人々の富士山への想いは昔も今も同じ。それを知るだけで、富士登山はもっと豊かになると思います

赤坂御用地にほど近い青山通りの裏手に“旅の図書館”はあります。
所蔵されているのは旅と観光に関する約6万冊の資料。
一般の人にも開放されていて、とても落ち着いた空間です。
旅の図書館を運営するのは同じ建物にある公益財団法人日本交通公社。
観光・旅行を専門にさまざまな調査や研究を行う学術研究機関で、
その歴史は1912年、
外貨獲得と日本の実情を理解してもらうことを目的にたくさんの外国人観光客を誘致し、
かつ彼らに日本国内でのさまざまな便宜を図ろうと設立されたジャパン・ツーリスト・ビューローから始まっています。
現在、国内外の旅行商品の販売で知られる株式会社 JTBとは、1963年までひとつの組織でした。
こちらに2013 年から研究員として所属している門脇茉海さん。
歴史と旅を愛する門脇さんの目は、“関わるすべての人が笑顔になる観光”へと向けられています。
写真:白井裕介/取材・文:木村由理江

富士山と向き合うことは、自分自身と向き合うこと

−(公財)日本交通公社は、観光文化の振興を目的にした独自の研究や事業と、国や地方公共団体などから受託したさまざまな観光振興に関する調査研究業務を行っているそうですね。時々耳にする、行政機関が発表する“観光計画”といったものの策定のお手伝いもされているとか。お仕事が多岐にわたっている気がするのですが、具体的にどんなことをしているのか教えてください。

 私はこれまで、例えば海外からの来訪者に観光に関するアンケートをして結果をまとめて分析したり、それぞれの地域の文化や歴史を掘り起こして、地域の観光にどう結びつけていくかを考え、最終的にそれを地域の方に引き継いだり、というようなことをしていますが、なかなかイメージしづらいとは思います。日本の観光文化を豊かにするためにどんな調査や研究が必要かというのは、決まった項目があるわけではなくて、自分たちで考え、見つけ出していくものでもあるので。

−2015年から2017年の3年間に携わっておられた、山梨県富士山世界文化遺産保存活用推進協議会から受託された「リバース!富士講プロジェクト」(以下、「リバース!」)ではどんなことを?

 “信仰の対象富士山の巡礼路、構成資産の価値及び相互の関係性などの理解促進”、“構成資産をつなぐ巡礼路等を活用した新たな富士山観光の推進”を目的にしたプロジェクトでしたので、学芸員さんや関係市町村の観光担当課の方への富士山観光に関するヒアリングから始めて、それをもとに現地調査をしてモデルコースを考えたり、富士講の文化をより体感できるような行衣などのグッズを作ったり、富士山信仰の巡礼路やゆかりの地がわかる「富士参詣の道を往く」というガイドマップを作ったりしました。また富士信仰や富士講に関する最新の研究成果を学芸員さんから直に地域で活動するガイドさんたちに紹介してもらう研修会を開いたり、ファムトリップ(観光客を呼び込むために影響力のあるブロガーやメディアを招待する旅行)を行ったり、富士講の講員をモチーフに、資料に基づいて細部にまでこだわった“みろくくん”というマスコットキャラクターも作りましたね。このみろくくんはとてもかわいいだけでなく、富士講に関する情報がぎゅっと詰まっています。数え切れないくらい富士山の北麓地域に通いましたし、学芸員さんにはいろんなことを教わりました。大変なこともありましたけど、充実した3年間でした。

−外国人を対象にしたファムトリップもあったそうですが、どんな声が印象的でしたか。

 馬返から五合目まで歩いた時に50代くらいの男性がおっしゃった、「以前、五合目から山頂まで登ったことがあるけれど、人が多すぎた。静かな森の中を歩くのはすごく神秘的で、富士山のよさを深く感じられる」という言葉ですね。古い巡礼路の魅力を再確認させられた気がしました。またムスリムの女性に「宗教が違うと神社で神さまの説明をされてもよくわからない。でも母ノ白滝(註:江戸時代にはこちらの表記でした)を見たりすると何か神聖なものを感じるから、そこで神さまの話をされたら素直に聞くことができる」と言われたことも印象的でした。外国人に限らず、文化にあまり関心のない若い人にも、自然からアプローチするのがいいのかもしれないな、と思いました。

−門脇さんは日本史を専攻されていたそうですから、仕事としてはもちろん、個人的にもおもしろかったのでは?

 確かに富士講の世界の奥深さ、豊かさに驚かされました。現役の富士講社の方たちの内八海巡りの修行に同行させていただく機会があって、その時にどういう心持ちで修行をされているかを直接伺えたのはとても貴重でした。富士講の方は“富士山とちゃんと向き合う”ということをとても大切にされていますが、それは“自分自身としっかり向き合う”ことにもつながっている。そういう意味でも、富士講は決して過去のものではなく、現代の私たちにもとても意味のあるものだと思いました。今も昔も、登る人にとって富士山は特別な存在です。みなさん、富士山でなきゃダメ、なんですよね。たくさんの人に富士講について知ってほしいとは思いますが、決して歴史とか教義を深く理解してほしいわけではなくて、自分と同じような想いを昔の人も抱えていたことを知ってもらうだけでも十分だと思っています。それだけで富士登山がより一層豊かで楽しいものになるはずですし、それが文化を伝えることになると思うので。

地域ごとの文化が失われてしまったら、本当につまらないと思う

−江戸時代の人がどんなふうに世間を見つめながら暮らしていたのかと、子どもの頃から興味があったそうですね。

 気になる人、興味がある人がいると、“この人の目を借りて世界を見たらどんなだろう?”とつい思ってしまうんですね。その人の頭の中を覗きたいというか。結局それが、日本史の勉強につながり、旅行につながり、観光を通じて地域の人に地域文化のおもしろさを伝えていける仕事がしたいという想いにつながったのだと思います。

−旅もお好きなようですね。

 回数は多くありませんが、「そんな無茶な行程で行くの?」みたいなことはよく言われます。時刻表を見るのが苦手で、行きたい方向と逆のバス停で待っていたりすることもあるので、旅が得意なわけではありませんが(苦笑)、そういったことも含めて旅は楽しいな、と思います。知らない土地に行って、そこで暮らす人たちの生活や文化と出会うことは、自分の生活や自分たちの文化を客観的に見るいい機会になるし、自分の世界も豊かになる。それが旅の、そして観光の醍醐味だと思います。ただそういう旅や観光が成立するには、旅行者も、旅行者を受け入れる地域の人も、旅行事業者の側も気をつけなければいけないことがあると思っていて。観光と自然保護とそこに住む人々の暮らしと文化とが、いい形で両立できるような観光のあり方をもっと模索しなくてはいけないな、と思います。観光=物見遊山=お金儲け、という誤解もあると思うので、それも解いていきたいですね。

−観光で人々が訪れるようになったことでその地域の文化が後世に伝わり、その地域全体が守られる、ということもあるわけですしね。

 ええ。地域ごとの文化が失われてしまって、どこに行っても同じ日常が繰り返されているだけだったら、本当につまらないし、何を楽しみに生きていっていいのかわからなくなる気がします。

−こちらでは日本各地の文化を含め、観光として魅力的な自然、歴史、食などをリストアップしランク付けした「全国観光資源台帳」を作っていて、その一部をウェブで公開していますが、それに関わる新たなプロジェクトも、今、進んでいるそうですね。

 ウェブの「全国観光資源台帳」でわかるのは、どの地域にどんなものがあるかだけで、どこが素晴らしくて、どんなところに着目するといいかという説明は添えられていないんですよ。それで今、リストアップしている観光資源の紹介記事やその観光資源に関するさまざまな情報を盛り込んだ専用のウェブサイトを4月に立ち上げるべく、鋭意作業中です。ウェブを見た人が旅に出かけたくなったり、その人に新たな旅の視点を提案できたり、新たな旅のスタイルに気づくきっかけになるようなものを目指しているので、ぜひ見ていただきたいですね。

富士山を有機的なものとしてとらえるようになりました

−横浜のご出身ですが、小さい頃に富士山を目にすることはありましたか。

 ありました。通っていた高校の廊下の突き当たりの窓が富士山の方向を向いていて、冬に富士山がきれいに見えるとクラスメイトと「今日は富士山がきれいだね」という会話が自然に生まれていました。身近な、とは言えませんが、横浜という土地に住んでいる人間にとっても存在感のある山です。「リバース!」に関わって知りましたが、横浜市にもかつては富士講の講社がたくさんあったようです。私の母が生まれた海のエリアにも講社があって、その講社のマネキ(講社の名前が書かれた旗で、富士登山の時に宿泊する御師の家に渡していた)を外川家住宅で見た時には、“あ、ここでもつながってる”とすごく嬉しかったです。

−「リバース!」の3年の間で印象に残っている富士山は?

 最初に思い浮かぶのは、富士河口湖行きの高速バスの窓から見た、富士急ハイランドのジェットコースター越しの富士山です。もっと手前で見えるスポットがあるとは思うんですけど、寝ていることが多くて(苦笑)。ちょっと違和感を覚えるくらいに大きくて、毎回、自分の平衡感覚が狂わされるような気がしていました。富士河口湖に来たな、という実感も湧くんですけどね。「リバース!」終了後も富士山地域には通っていて、2018年夏の吉田の火祭りの時に見た、金鳥居越しの富士山も印象に残っています。グラグラ燃えている火の奥に、富士山がうすぼんやり、静かに見えていました。火が燃えているのは短い間ですけど、誰もがとても楽しそうで、この街はこれを昔からずっと続けてきたんだな、と思いましたね。

−今、門脇さんにとって富士山はどんな存在ですか。

 横浜から富士山が見えると“すごいな”と思ってはいましたが「リバース!」に関わる前は“標高3776mで、日本で一番高い火山”で語ってしまえる、ひとつの大きい物体にすぎませんでした。でも今は説明に困りますね。静岡県側があり、山梨県側があり、巡礼路もあり、多様な植生もあり、さまざまな観光事業者の方たちを含めいろいろな人が関与していることもわかったので、もっと有機的にとらえています。静的なものと思っていましたが、今はもっと動きのあるものに思えますね。

−今後、富士山に関して何か研究する予定はありますか。

 今、“信仰文化と観光の関わり”をテーマに自主研究を進めています。信仰文化は目に見えないので、どこまで踏み込んでいいのか、何を伝えるのがいいのか、どう伝えればいいのか、漠然としていることが多いので、そこをもっと考えていく必要があると思うんですよ。「リバース!」の3年間の学芸員さんたちとのやりとりを通して、“本当の精神性”を絶対に外さないで伝えることの大切さを身にしみて理解できたので、そこを核としながら、まずは富士山信仰に関することから始めたところです。それに関わるいろんな立場の方からヒアリングし、さらに信仰と深い関係を持ついろいろな地域の事例を集めて整理したいな、と思っています。

門脇茉海
かどわきまみ

横浜出身 2013年3月にお茶の水女子大学大学院 人間文化創成科学研究科 比較社会文化学専攻 歴史文化学コース 博士前期課程を修了し、同年4月公益財団法人日本交通公社の研究員に。2017年から2019年にかけては、琉球大学非常勤講師も務める。現在、観光文化情報センター企画室 副主任研究員。人文科学修士。学芸員の資格も持つ。趣味は猫と遊ぶこと。

公益財団法人日本交通公社HP:
https://www.jtb.or.jp/

美しき日本 全国観光資源台帳HP(2020 年4月公開予定):
https://www.tabi.jtb.or.jp/

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員
松井由美子英語通訳案内士・国内旅程管理主任者
涌嶋優スカイランナー、富士空界-Fuji SKY-部長、日本スカイランニング協会 ユース委員会 委員長・静岡県マネージャー
岩崎仁合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」代表
門脇茉海公益財団法人日本交通公社研究員
渡邉明博低山フォトグラファー・山岳写真ASA会長
藤村翔富士市市民部文化振興課 富士市埋蔵文化財調査室 学芸員
勝俣竜哉御殿場市教育委員会社会教育課文化スタッフ統括
前田友和山梨自由研究家
杉山浩平東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 博士(歴史学)
天野和明山岳ガイド、富士山吉田口ガイド、甲州市観光大使、石井スポーツ登山学校校長
井上卓哉富士市市民部文化振興課文化財担当主幹
齋藤天道富士箱根伊豆国立公園管理事務所 富士五湖管理官事務所 国立公園管理官
齋藤暖生東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
池川利雄ノースフットトレックガイズ代表、富士山登山ガイド
松本圭二・高村利太朗山中湖おもてなしの会副会長, 山中湖おもてなしの会会員
関口陽子富士山フォトグラファー
猪熊隆之山岳気象予報士・中央大学山岳部監督
髙杉直嗣2021年御殿場口登山道維持工事現場代理人
羽田徳永富士山吉田口登山道馬返し大文司屋六代目
内藤武正富士宮市役所企画部富士山世界遺産課主幹兼企画係長
河野清夏フジヤマミュージアム学芸員
中村修七合目日の出館7代目・富士山吉田口旅館組合長・写真家
野沢藤司河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール館長
三浦早苗ダイビング&トレッキングぴっころ代表
田部井政伸一般社団法人田部井淳子基金代表理事
橋都彰夫半蔵坊館長・わらじ館館長
上小澤翔吾富士登山競走実行委員会事務局
杉村知穂富士宮市教育委員会教育部文化課
河野格登山ガイド

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