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富士山インタビュー

2018年には15万人近い外国人の方が富士河口湖観光総合案内所を訪れています

富士急行河口湖駅舎を出た右手に、富士河口湖観光総合案内所はあります。
河口湖温泉旅館協同組合と富士河口湖町観光連盟の共同運営でスタッフは6人。
毎日8時半から17時半まで(土曜日のみ18時半まで)、訪れた観光客の相談や希望を聞きながら富士河口湖地域での旅がより印象深いものになるためのお手伝いをしています。
三浦亜希さんもそのスタッフの一人。
地元の情報を楽しみながら熱心に収集し、自身のSNSでも精力的に発信している様子からは、惜しみない地元愛が伝わってくるようでした。

写真:井坂孝行/取材・文:木村由理江

以前の河口湖は“しっとり大人の旅”にぴったりな静かな観光地でした

−案内所にはどれくらいお勤めですか。

 干支が一回りしましたから12年です。勤め始めた頃の河口湖周辺は“しっとり大人の旅”にぴったりな静かな観光地でした。当時はスタッフ2人体制でしたけど、案内所に来られる方も少なくて、1人が昼の休憩に行っても全然困らないくらいのんびりしていたんですよ。ところが富士山の世界遺産登録が決まるちょっと前くらいに外国人の方が一気にボン! と増え始め・・。タイの国のGWみたいな休日が4月にあって、それを利用してタイの方がたくさんいらした時には、案内所中にタイ語がわあわあと響いて収拾がつかなくなりそうになったこともあります(苦笑)。“これではとても間に合わない”と必死に上司に訴えて3人体制にしてもらいました。

−みなさん、どんな情報を求めて案内所に来られるのでしょう。

 富士山の絶景ポイントや地元のお勧めスポット、その季節ならではの見どころなどが多いですね。一番のお目当ては富士山なので、見えないと本当にがっかりされます。諦めがつかずに「どこか見えるところはありませんか」、「何時になったら見えますか」と訊かれる方も少なくなくて、「こんな感じなんですよ」と山梨側だけでなく静岡側のライブカメラの映像もお見せしながらご案内しています。その時点で見えている場所、見えそうな場所があるとさらに「どうやったらそこに行けますか」と。「今からそこに行っても見えるとは限らないんですよ」と話してはいますが納得していただけてるかどうか・・。中国では“富士山を見るだけで寿命が8年延びる”との言い伝えがあるらしく、中国系の方はとくに熱心な気がします。

−がっかりされている方をなだめるのは大変ですね。

 うちの事務局長は日本人の女性の方によく「富士山は女性の神様だから自分より美しい女性が来ると恥ずかしくて雲で顔を隠しちゃうんですよ」と声をかけています。何かそういう、気の利いた英語の表現を見つけたいんですけどね。

−年間何人くらいの外国人の方が案内所を訪れているのでしょう。

 昨日調べていて自分でもびっくりしたんですけど、去年は延べ14万7495人で、全体のほぼ8割を占めています。2015年以降、外国人の方の延べ人数は毎年10万人を越しています。案内所の中はいつも外国人の方でいっぱいなので、日本人の方は案内所には入ってこられても遠慮されることが多いです。本当に心苦しいです。

−時期によって変動はありますか。

 外国人の方が最も多いのは桜の咲く4月、あとは開山期が始まる7月、紅葉シーズンの10月、11月です。冬場の、空気が澄んで富士山がきれいに見える12月、1月も意外に多いですね。

−言葉の問題はどうされているんですか。

 大体の方は英語でOKです。最近は自動翻訳機を持ってこられる中国系の方も多くて、大変助かっています。

観光客の方だけでなく地元の方にとっても頼れる案内所のスタッフになりたい

−外国人の方が急に増えて、気がかりなことはありますか。

 これまで外国人の方を見かけなかった場所でも、外国人の方を見かけることです。たまに無断で一般の民家の敷地に入ってお花の写真を撮ったりされるので、民家の方がびっくりしていることがあります。その辺はちょっと気がかりですね。

−外国人の方が増えてよかったと感じていることは?

 地元のホテルやお店の方が英語で対応したり、英語でいろんな発信をしてくれるようになったり、英語の案内表記が増えたことです。県や町が力を入れてくださったおかげで英語以外の表記の観光資料が増えたことも、ありがたいなと思います。

−地域にはどんな変化がありますか。

 東京や他の地域から来た方が簡易宿泊所やレンタル自転車屋、海外からのベジタリアンやムスリムの方たち向けの食事を提供するお店を次々とオープンさせています。みんなでウインウインでやろうよ、という感覚の方が多いので、それに影響されて前から商売をされている地元の方の意識も変わりつつあるし、かなり活性化していると思います。ただ中には、「外国人観光客がちょっと多すぎるんじゃないか、彼らにばかり目を向けていると、山梨の本当のよさをわかってくれる人が減っちゃうよ」と警鐘を鳴らしているお店の方もいます。私としては、そういう声を発している方と行政をうまくつなげたり、そうすることで富士河口湖町の魅力をもっと発信するようなことができるといいなあ、と思っています。観光で来られた方だけでなく、地元の方が、アイディアはあるんだけどどう動くのがいいのかな、と悩んでいる時に「案内所の三浦さんに相談してみたら?」と言ってもらえるような、頼りになるスタッフになれるよう、頑張っています。そのためにもいろんなミーティングに顔を出したり、話を聞きに行ったり積極的に動いています。待っていたら何も動かないし情報も入ってこないので。

仕事からの帰り道、富士山が見えるとご褒美をもらったような気分になります

−いつ頃から観光関係の仕事に就こうと思われていたんですか。

 短大の頃からですね。英文科だったので、少しは英語を使える接客業がいいな、と思っていました。それで地元のホテルに就職したんですが、ホテルのミーティングの際に必ず、その日の富士山の様子や季節を感じさせる自然の変化とかについて話してくださる仲居さんがいらしたんですよ。当時私はコーヒーラウンジの担当でしたけど、“ああ、接客業ってそういうところを毎日ちゃんとチェックしてお客様に伝えることが大事なんだな”と初めて気づかされたというか。私にとって富士山は、朝起きたら実家の畑の向こうにあるだけの山でしたけど、その頃から、世界中から富士山を見るためにたくさんの人に日本に来てもらえるというのはなんてありがたいことなんだと、思うようにもなりました。この案内所で働き始めたことは、さらに富士山に関心を持ついいきっかけになりましたね。時間を見つけては富士山に関する様々な講演会に出かけるようになりましたし、いろんな人の話を聞くうちに、もっと富士山のことを勉強したい、という気持ちに火がついたというか。それで富士山世界遺産センターのガイド候補の勉強会に1年間通って、資格と委任状をいただきました。残念ながら案内所が忙しすぎて、まだ世界遺産センターでのガイドはやれてないんですけどね。

−勉強して印象的だったのは?

 富士山は神様の宿る素晴らしい山だということです。遠方に住む富士講の方たちが、自分の気持ちを同じ富士講の人に託して富士山に登ってもらうことで浄化してもらってきた、という歴史です。私たちは日本に住んでいるから、富士山に登ることに信仰的な意味合いがあるという知識を多少は得られますけど、外国人の方のほとんどはスポーツ登山と捉えている。そこの違いが、とてもおもしろいな、と思いました。富士講はとても奥が深いのでじっくり勉強しなきゃいけないんですが・・。追いつけていないです(苦笑)。

−富士山の信仰に関する話を案内所に来られる外国人の方にする機会もあるといいですね。

 そのためにはもっと英語を磨いて、勉強もしないと。外国人の方だけじゃなく、日本人の方や富士山に興味のある方からじっくり富士山に対する想いを聞いてみたいという気持ちもあるんですけどね。

−ちなみに登ったことはあるんですか。

 ないんです(苦笑)。やっぱり私にとって富士山は見るものというか・・。高校時代、富士パインズパークから車道と林道を通って五合目まで走るという学校の行事に毎年参加していましたが、1年の時は豪雨で中止、3年の時は雷の接近により途中終了で、なんとか五合目まで完走したのは一度だけです。その時の辛かったイメージが強すぎて、全然登る気になれなくて。でも富士講の人が登った信仰的な道は一度、ゆっくり辿ってみたいですね。

−富士山の一番の魅力は?

 きれいな姿形と、そこから出てくるパワーだと思いますね。

−どこから見る、どんな富士山が好きですか。

 やはり河口湖から見る稜線のきれいな富士山ですね。季節的には私が生まれた4月頃。河口湖と満開の桜と山頂にちょっと雪が残っている富士山、という組み合わせが一番好きです。本当に美しいので、これこそ日本の宝だ、としみじみ感じますし、このまま手を加えずに富士山をずっと守れたらいいなと思います。

−富士山にまつわる思い出を教えてください。

 う〜ん。私たち夫婦は、2月23日の富士山の日を入籍日に選んだんですよ。富士山に関わる仕事をしていたし、富士山の日には花火も上がるのでいい思い出になるな、と思って。そしたらその年に世界遺産になったので、記念の年になってよかったね、と夫と2人で話していました。今は湖のすぐそばに住んでいますが、残念ながら家から富士山は見えないので、毎日通勤途中に富士山を見ています。朝、見えると、“おお、今日も頑張るか”という元気が出るし、夕方、見えると“今日も一日、無事に仕事が終えられてよかった”と、疲れが吹き飛ぶような、ご褒美をもらったような気持ちになりますね。

三浦亜希
みうらあき

1975年 富士吉田市生まれ 地元の高校を出て静岡県の御殿場の短大に進学。卒業後は地元のホテルに就職し、その後、地元の地ビールレストランで勤務。2007年、パソコン学校で知り合った友人の勧めで、河口湖温泉旅館協同組合に入って富士河口湖観光総合案内所のスタッフに。一番のリフレッシュは食べ歩き。地元の様々な情報を自身のフェイスブックでアップするのも趣味のひとつ。
三浦亜希さんのフェイスブック:https://www.facebook.com/aki.miura.3556

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員

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