−案内所にはどれくらいお勤めですか。
干支が一回りしましたから12年です。勤め始めた頃の河口湖周辺は“しっとり大人の旅”にぴったりな静かな観光地でした。当時はスタッフ2人体制でしたけど、案内所に来られる方も少なくて、1人が昼の休憩に行っても全然困らないくらいのんびりしていたんですよ。ところが富士山の世界遺産登録が決まるちょっと前くらいに外国人の方が一気にボン! と増え始め・・。タイの国のGWみたいな休日が4月にあって、それを利用してタイの方がたくさんいらした時には、案内所中にタイ語がわあわあと響いて収拾がつかなくなりそうになったこともあります(苦笑)。“これではとても間に合わない”と必死に上司に訴えて3人体制にしてもらいました。
−みなさん、どんな情報を求めて案内所に来られるのでしょう。
富士山の絶景ポイントや地元のお勧めスポット、その季節ならではの見どころなどが多いですね。一番のお目当ては富士山なので、見えないと本当にがっかりされます。諦めがつかずに「どこか見えるところはありませんか」、「何時になったら見えますか」と訊かれる方も少なくなくて、「こんな感じなんですよ」と山梨側だけでなく静岡側のライブカメラの映像もお見せしながらご案内しています。その時点で見えている場所、見えそうな場所があるとさらに「どうやったらそこに行けますか」と。「今からそこに行っても見えるとは限らないんですよ」と話してはいますが納得していただけてるかどうか・・。中国では“富士山を見るだけで寿命が8年延びる”との言い伝えがあるらしく、中国系の方はとくに熱心な気がします。
−がっかりされている方をなだめるのは大変ですね。
うちの事務局長は日本人の女性の方によく「富士山は女性の神様だから自分より美しい女性が来ると恥ずかしくて雲で顔を隠しちゃうんですよ」と声をかけています。何かそういう、気の利いた英語の表現を見つけたいんですけどね。
−年間何人くらいの外国人の方が案内所を訪れているのでしょう。
昨日調べていて自分でもびっくりしたんですけど、去年は延べ14万7495人で、全体のほぼ8割を占めています。2015年以降、外国人の方の延べ人数は毎年10万人を越しています。案内所の中はいつも外国人の方でいっぱいなので、日本人の方は案内所には入ってこられても遠慮されることが多いです。本当に心苦しいです。
−時期によって変動はありますか。
外国人の方が最も多いのは桜の咲く4月、あとは開山期が始まる7月、紅葉シーズンの10月、11月です。冬場の、空気が澄んで富士山がきれいに見える12月、1月も意外に多いですね。
−言葉の問題はどうされているんですか。
大体の方は英語でOKです。最近は自動翻訳機を持ってこられる中国系の方も多くて、大変助かっています。
−外国人の方が急に増えて、気がかりなことはありますか。
これまで外国人の方を見かけなかった場所でも、外国人の方を見かけることです。たまに無断で一般の民家の敷地に入ってお花の写真を撮ったりされるので、民家の方がびっくりしていることがあります。その辺はちょっと気がかりですね。
−外国人の方が増えてよかったと感じていることは?
地元のホテルやお店の方が英語で対応したり、英語でいろんな発信をしてくれるようになったり、英語の案内表記が増えたことです。県や町が力を入れてくださったおかげで英語以外の表記の観光資料が増えたことも、ありがたいなと思います。
−地域にはどんな変化がありますか。
東京や他の地域から来た方が簡易宿泊所やレンタル自転車屋、海外からのベジタリアンやムスリムの方たち向けの食事を提供するお店を次々とオープンさせています。みんなでウインウインでやろうよ、という感覚の方が多いので、それに影響されて前から商売をされている地元の方の意識も変わりつつあるし、かなり活性化していると思います。ただ中には、「外国人観光客がちょっと多すぎるんじゃないか、彼らにばかり目を向けていると、山梨の本当のよさをわかってくれる人が減っちゃうよ」と警鐘を鳴らしているお店の方もいます。私としては、そういう声を発している方と行政をうまくつなげたり、そうすることで富士河口湖町の魅力をもっと発信するようなことができるといいなあ、と思っています。観光で来られた方だけでなく、地元の方が、アイディアはあるんだけどどう動くのがいいのかな、と悩んでいる時に「案内所の三浦さんに相談してみたら?」と言ってもらえるような、頼りになるスタッフになれるよう、頑張っています。そのためにもいろんなミーティングに顔を出したり、話を聞きに行ったり積極的に動いています。待っていたら何も動かないし情報も入ってこないので。
−いつ頃から観光関係の仕事に就こうと思われていたんですか。
短大の頃からですね。英文科だったので、少しは英語を使える接客業がいいな、と思っていました。それで地元のホテルに就職したんですが、ホテルのミーティングの際に必ず、その日の富士山の様子や季節を感じさせる自然の変化とかについて話してくださる仲居さんがいらしたんですよ。当時私はコーヒーラウンジの担当でしたけど、“ああ、接客業ってそういうところを毎日ちゃんとチェックしてお客様に伝えることが大事なんだな”と初めて気づかされたというか。私にとって富士山は、朝起きたら実家の畑の向こうにあるだけの山でしたけど、その頃から、世界中から富士山を見るためにたくさんの人に日本に来てもらえるというのはなんてありがたいことなんだと、思うようにもなりました。この案内所で働き始めたことは、さらに富士山に関心を持ついいきっかけになりましたね。時間を見つけては富士山に関する様々な講演会に出かけるようになりましたし、いろんな人の話を聞くうちに、もっと富士山のことを勉強したい、という気持ちに火がついたというか。それで富士山世界遺産センターのガイド候補の勉強会に1年間通って、資格と委任状をいただきました。残念ながら案内所が忙しすぎて、まだ世界遺産センターでのガイドはやれてないんですけどね。
−勉強して印象的だったのは?
富士山は神様の宿る素晴らしい山だということです。遠方に住む富士講の方たちが、自分の気持ちを同じ富士講の人に託して富士山に登ってもらうことで浄化してもらってきた、という歴史です。私たちは日本に住んでいるから、富士山に登ることに信仰的な意味合いがあるという知識を多少は得られますけど、外国人の方のほとんどはスポーツ登山と捉えている。そこの違いが、とてもおもしろいな、と思いました。富士講はとても奥が深いのでじっくり勉強しなきゃいけないんですが・・。追いつけていないです(苦笑)。
−富士山の信仰に関する話を案内所に来られる外国人の方にする機会もあるといいですね。
そのためにはもっと英語を磨いて、勉強もしないと。外国人の方だけじゃなく、日本人の方や富士山に興味のある方からじっくり富士山に対する想いを聞いてみたいという気持ちもあるんですけどね。
−ちなみに登ったことはあるんですか。
ないんです(苦笑)。やっぱり私にとって富士山は見るものというか・・。高校時代、富士パインズパークから車道と林道を通って五合目まで走るという学校の行事に毎年参加していましたが、1年の時は豪雨で中止、3年の時は雷の接近により途中終了で、なんとか五合目まで完走したのは一度だけです。その時の辛かったイメージが強すぎて、全然登る気になれなくて。でも富士講の人が登った信仰的な道は一度、ゆっくり辿ってみたいですね。
−富士山の一番の魅力は?
きれいな姿形と、そこから出てくるパワーだと思いますね。
−どこから見る、どんな富士山が好きですか。
やはり河口湖から見る稜線のきれいな富士山ですね。季節的には私が生まれた4月頃。河口湖と満開の桜と山頂にちょっと雪が残っている富士山、という組み合わせが一番好きです。本当に美しいので、これこそ日本の宝だ、としみじみ感じますし、このまま手を加えずに富士山をずっと守れたらいいなと思います。
−富士山にまつわる思い出を教えてください。
う〜ん。私たち夫婦は、2月23日の富士山の日を入籍日に選んだんですよ。富士山に関わる仕事をしていたし、富士山の日には花火も上がるのでいい思い出になるな、と思って。そしたらその年に世界遺産になったので、記念の年になってよかったね、と夫と2人で話していました。今は湖のすぐそばに住んでいますが、残念ながら家から富士山は見えないので、毎日通勤途中に富士山を見ています。朝、見えると、“おお、今日も頑張るか”という元気が出るし、夕方、見えると“今日も一日、無事に仕事が終えられてよかった”と、疲れが吹き飛ぶような、ご褒美をもらったような気持ちになりますね。
1975年 富士吉田市生まれ 地元の高校を出て静岡県の御殿場の短大に進学。卒業後は地元のホテルに就職し、その後、地元の地ビールレストランで勤務。2007年、パソコン学校で知り合った友人の勧めで、河口湖温泉旅館協同組合に入って富士河口湖観光総合案内所のスタッフに。一番のリフレッシュは食べ歩き。地元の様々な情報を自身のフェイスブックでアップするのも趣味のひとつ。
三浦亜希さんのフェイスブック:https://www.facebook.com/aki.miura.3556