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富士山インタビュー

富士山は自然のパワーが作り出した芸術品。エネルギーの塊です

富士登山ガイドとして20年以上のキャリアを持つ池川利雄さんのお話を聞きながら、なんだかワクワクしていました。
それは、富士山を語る池川さんの表情と言葉が弾んでいたからだと、あとから思い当たりました。
「富士山を眺めながらこの辺りに住んでいた縄文人の気持ちや、被害だけじゃなく恵みももたらす噴火が起きたあとの富士山、
さらに100年後、1000年後のこの地域がどうなっているかに思いを馳せて、頭の中で時空を超えて欲しい」
と話す池川さんのポジティブで、スケールの大きい視点にも刺激されたようです。
そんな池川さんが今、登山ガイド仲間たちと取り組んでいる“富士山ロングトレイル構想”も、きっと楽しいものになることでしょう。
写真:井坂孝行/取材・文:木村由理江

“富士山ロングトレイル構想”の一番の目的は、富士山ファンを増やすこと

−2020年10月、NHKのニュースで紹介された“富士山ロングトレイル構想”は何をきっかけに始まったのですか。

 新型コロナウイルス感染防止のために2020年の夏に富士山は開山しないと決まって、「自分たちガイドを含めた富士山に関わる人たちを支えるために何かできることはないだろうか」とガイド仲間と話す中で、富士山は登るだけでなく周りの山々から眺めて歩くという楽しみ方もあり、富士山を取り囲む山岳コースと里山コースを繋いで歩くことでもっと楽しめるはず、それを多くの方に知ってもらいたいということで動き出したのが“富士山ロングトレイル構想”です。中心になって動いているメンバーは5人。全員登山ガイドや自然ガイドですが、得意分野は山に限らず、植物や生き物、歴史や文化など多岐にわたっている。様々な視点があるので、意見をまとめるのもすごくおもしろいですよ。

−4月頃にはルートの発表があるそうですね。富士山の周囲をぐるりと巡るルートということですが、どんな特徴が?

 実際に歩いてくれるみなさんの意見も参考にしながらルートを成熟させていきたいので、発表するのは土台となるルートです。そのルートを考える上でこだわったのは、富士山を360度、どの角度からでも見ながら歩けること、そして富士山と境界を接する山を歩くことです。一体どこまでが富士山か、みなさん、あまり意識してないと思うんですが、火山活動によって流れたマグマが行き着いた御坂山地や天子山地などを歩くことで、ここまでが富士山だよ、ということを認識してもらえたらおもしろいんじゃないかと思っています。山岳コースの少ない静岡側では、一部里山を歩きます。総距離は200km以上で、富士山が見えるビューポイントがたくさんあるのも大きな特徴です。角度、季節によって富士山は違う表情を見せてくれますから、それぞれの体力や日程に応じてルートを切り取りながら、最終的には全体を繋いで楽しんでもらえるといいなと思っています。富士山は火山ですけど、御坂山地と天子山地は伊豆半島が乗ったフィリピン海プレートによって押し上げられた山。成り立ちの違う山が隣り合っていることもおもしろいし、植生の違いも感じてもらえると思います。あと、普段山を歩いている人たちが、一部ではあるけれど静岡側の里山を歩くことで、山頂だけじゃなく麓のおもしろさに気づくいい機会になるんじゃないかと期待しています。今はルートを網羅するマップを作っているところですが、山を熟知している私たちだからこそ提供できる安心安全な山歩きのための情報や、より山歩きが楽しくなるような情報もたくさん載せられるように、いろいろ工夫しているところです。将来的には、万が一道迷いなどがあった時に、私たちのように現場に精通した人間が適切にアドバイスや誘導ができるような情報発信基地も作りたいんですけどね。

−安心感の高さは、お客さんを呼ぶための大事な要素ですものね。

 ええ。私たちは最終的に、富士山と私たちの故郷でもある周辺地域のファンを増やすことを目指しているんですよ。“ふじさんゼロゴミアクション”というゴミ拾いの活動もしていますけど、自分の好きな場所、大切な場所にゴミを捨てる人はいませんから、ファンが増えたら何も言わなくても富士山は山頂から裾野まできれいになるんじゃないかと思う。ファンになった人が繰り返し来てくれるようになることで、私たちのように直接富士山に関わっている人間だけでなく周辺で暮らす人たちも年間を通して潤うようになったらいいなと思っています。

「そんなに体力があるなら」と先輩に誘われて富士山ガイドを始めました

−もともと何がきっかけで山に興味を?

 長野県ではほとんどの中学2年生が、1泊2日で3000m級の山に学校行事で登るんです。私も標高2956mの木曽駒ヶ岳にみんなと登ったんですが、森林限界を超えた瞬間に下からブワーッと風が上がってきて、眼下に自分が住んでいた小さな街が見えた。その時に、世界が一気に広がったような衝撃を受けたんですよ。しかも夜、山小屋で寝ていたらものすごい雷で、生まれて初めて味わうようなスリルを感じましてね。それで山登りっておもしろそうだなと思ったのが、最初のきっかけです。ただ当時の私はラグビーとスキーが大好きでしたから、しばらくはそっちに一生懸命で・・。本格的に山に登るようになったのは、初めて富士山に登った27歳の頃からです。

−富士河口湖町に移住されたあとですか。

 移住して3、4年経ってました。よそから来ると、富士山の存在感って圧倒的なんですよ。でも地元の人はあまり眺めないし、登ったりもしない。世界中から人が集まる日本一の山があるのに登らないのはおかしい、自分は絶対に登ろうと思ってました。それである夏、仕事終わりに同僚と「よし、今日、登ろう」といきなり(笑)。そのまま登頂して、翌朝、下りてきたその足で仕事に行きました。

−タフですね(笑)。

 天気がよかったこともあるんでしょうけど、寒さは少し感じましたが、富士山ってこんなに楽に登れるんだ、と。お鉢巡りをしていて富士河口湖の街が見えた時には昔の気持ちが蘇ってきて、やっぱり山登りはおもしろいやって。富士山に登った話を周りにしていたら、どうもペースがかなり速かったらしく、もともと富士山のガイドをしてた先輩に「そんなに体力があるなら富士山で登山ガイドをやってみないか」と誘われたのが、ガイドをするようになったきっかけです。最初はサラリーマンをしながらだったので、趣味の延長みたいな気楽な感じでしたね。

−実際にガイドをやってみてどうでした?

 先輩がガイドするツアーに何回か同行させてもらったあとに、私一人でお客さんをご案内して山頂まで行ったんですが、衝撃を受けました。私は人に感謝してもらえる仕事は、弁護士とかお医者さんとか頭のいい人にしかできないと思っていたので、お客さんが山頂で涙を流して“ありがとう”と感謝してくれることが信じられなかったんですよ。登山はおもしろいし、その上お客さんに感謝されて、こんなにいい仕事はないと思いましたね。そのうち、一度きりの人生、やりたいことをやって生きていきたいと思うようになり・・。猛反対する家族を「絶対に路頭に迷わさないから」と説得して、サラリーマンを辞めて専業の登山ガイドになったんです。

富士山から見る星空はたまらない。ぜひ見て欲しいですね

−それほど富士山に魅了されていた、ということでしょうか。

 いや、その頃の私は富士山に限らず山がおもしろいと思っていました。山を登ることで体力の限界に挑戦できることに魅せられていたというか。だからいろんな山に登りましたし、短い時間で登ることにこだわっていた時期もあります。でも専業の登山ガイドになって、富士山に来るお客さんにもっと喜んでもらいたい、お客さんの質問にはなんでも答えたいと思って富士山のことをいろいろ勉強するようになって、変わりました。日本一高いことが富士山の魅力だと思っていましたが、それだけじゃないとわかったんです。だって日本国民の誰もが描ける山なんて、他にないですよね。形は単純だけど、昔から人々の思いがこもった山であり、そこで暮らす人々、関わる人々に多くの恵みを与えている特別な山であり、とても興味深い山だと思うようになりました。しかも最近、その奥深さにますます引き込まれていますね。6年くらい前から1ヶ月に1回、12ヶ月かけて富士山のゼロ合目、約150kmを歩いて一周する旅行会社さんのツアーのガイドをさせてもらっていたんですが、そのツアーを通して富士山の五合目から下を知るようになって、20年以上ガイドとして関わる中でわかった気になっていた富士山のことを、自分はまだまだわかってなかったんだと思い知らされました(苦笑)。おかげで私自身のガイドとしての幅が大きく広がった気がしています。

−ゼロ合目を一年かけて周るツアーは魅力的ですね。“富士山ロングトレイル構想”でも、そういったツアーを作ってはどうですか。

 そうですね。今回、みなさんに提案するルートは山岳ルートが主ですが、周囲には東海自然歩道もありますし、山を通らない道もたくさんある。いずれは他のルートも考案して紹介したいと思っています。ルートは一種類でなきゃダメなんて、富士山はケチなことは言いませんからね(笑)。

−富士山のどんなところに魅力を感じていますか。

 いろいろありますが、一言で言うなら、日本人の心を震わせ、日本人の心に訴える山であること。それが最大の魅力でありおもしろさだと思います。何が心を震わせるか? ひとつに絞るのは難しいですが、富士山が持つスケールのデカさ、そこから発せられるエネルギーだと思います。火山である富士山は地球のパワーがゼロから作り上げた芸術品ですし、ものすごいエネルギーの塊ですからね。それが私を含め見る人すべての心を揺さぶるんでしょうね。

−どこから見る富士山が好きですか。

 富士河口湖町の我が家から見る富士山はもちろん好きですけど、私はよそから来た人間なので、ここからじゃなきゃ、というこだわりはないんですよ。静岡から見れば高さを感じるし、宝永火口が見えれば火山だ! と感じるし、山梨側から見れば湖と富士山の取り合わせが素晴らしいな、と思う。富士山は美しい女性の神さまでしょ。美人はどこから見ても美人なんだと思います(笑)。

−ではどの季節の富士山が好きですか。

 夏も素晴らしいですけど、冬の富士山ですね。夏は優しい富士山ですが、冬の富士山はものすごく厳しい。そのキリッとしていて誰も寄せ付けない感じが、富士山におわすという神さまの存在を感じさせてくれる気がします。季節とは関係ない話になってしまいますが、富士山から見る星空が、私はすごく好きなんですよ。私がガイドする富士登山ツアーは2泊3日がほとんどなので、時間に余裕がある。天気のいい夜は山小屋の外に出てみんなで星を見るんですが、もうたまらないですよ(ニコニコ)。星の近さと数の多さに圧倒されるし、北極星を中心に星が動いていく様子や、流れ星や天の川もよく見える。時には人工衛星や宇宙ステーションも見えたりして、人類ってあんなところにもいるんだって気づかされたりしますからね。ぜひ、富士山に登ったら星空を見てく欲しいです。

池川利雄
いけがわとしお

1967年 長野県飯田市生まれ 子どもの頃から南アルプスの赤石山脈と中央アルプスの木曽山脈を眺めて育つ。1991年、結婚を機に飯田市から富士河口湖町に移住。会社勤めの傍ら富士山ガイドを数年続けたのち、2000年、専業の富士山登山案内人となる。2006年から「富士登山学校ごうりき」でエコツアーのチーフガイドとして活動し、2012年12月、ノースフットトレックガイズを設立。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、富士山登山ガイド、ネイチャーウォークガイド、スキーインストラクター、富士山セミナーの講師など幅広く活動している。

ノースフットトレックガイズHP:https://www.nftg.net/

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員
松井由美子英語通訳案内士・国内旅程管理主任者
涌嶋優スカイランナー、富士空界-Fuji SKY-部長、日本スカイランニング協会 ユース委員会 委員長・静岡県マネージャー
岩崎仁合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」代表
門脇茉海公益財団法人日本交通公社研究員
渡邉明博低山フォトグラファー・山岳写真ASA会長
藤村翔富士市市民部文化振興課 富士市埋蔵文化財調査室 学芸員
勝俣竜哉御殿場市教育委員会社会教育課文化スタッフ統括
前田友和山梨自由研究家
杉山浩平東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 博士(歴史学)
天野和明山岳ガイド、富士山吉田口ガイド、甲州市観光大使、石井スポーツ登山学校校長
井上卓哉富士市市民部文化振興課文化財担当主幹
齋藤天道富士箱根伊豆国立公園管理事務所 富士五湖管理官事務所 国立公園管理官
齋藤暖生東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
池川利雄ノースフットトレックガイズ代表、富士山登山ガイド
松本圭二・高村利太朗山中湖おもてなしの会副会長, 山中湖おもてなしの会会員
関口陽子富士山フォトグラファー
猪熊隆之山岳気象予報士・中央大学山岳部監督
髙杉直嗣2021年御殿場口登山道維持工事現場代理人

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