−富士山を撮り始めたのは2013年夏。きっかけを教えてください。
今の会社の上司が、その1年前くらいから富士山を撮り始めていて、営業で同行するとよく写真を見せてくれていたんですよ。で、ひょんなことから夏休みに山中湖に行くことになった時に、カメラでも買って富士山でも撮ってみようかな、と。それまでカメラとは無縁でしたけど、どうせならちゃんとした一眼レフを、と思ってニコンのD5100を買って山中湖に行ったら、赤富士が撮れた。上司に言われた通り、日の出の1時間くらい前から用意をしてたら、真っ暗だった空が、夜明けに向けて徐々に濃いブルーから淡いブルーに変わっていって・・。“朝の彩り”っていうんですかね。そういうのは前にも見たことはありましたけど、すごく感動したんですよ。その後、上司に連れて行ってもらった山梨県の新道峠から見た夜明けの富士山にさらに感動して、「もっとうまく撮りたい」、「もっといろんな富士山が撮りたい」とどんどんハマっていきました。以来、月曜から金曜は会社の仕事をして金曜の夜から日曜の朝まで撮影に出かけるという生活をしています。最初の1年は、いろんなところから撮りましたね。
−山登りを始めたのも、富士山を撮り始めてからのようですね。
そうです。高いところから富士山を見たい、という一心で登っています。僕が登った中で一番感動的だったのは南アルプスから見る富士山です。他の人が南アルプスから撮った写真を見たら、ちょっと異世界な感じがして、自分でもそれを撮りたくて登りました。ただ、すごくハードで辛いんですよ(苦笑)。長いところで登山口から8、9時間かかる。登ったら必ず見えるとは限らないけど、見えると全て報われる気はします。
−富士山を撮るようになって、他にどんなことが変わりましたか。
一番大きいのは、同じように富士山を追いかける仲間や先輩ができたことですね。仕事の関係もしがらみも一切ない。情報を交換したり、お互いの作品についてもいろんな意見を言い合ったりできるのがすごくおもしろいし、いい刺激になっています。どんなに仕事が忙しくても、頑張って撮影に行こう、と思えるのも仲間の存在が大きいです。あと、自然、例えば気温、風向き、湿度などをすごく意識するようになりました。富士山は360度から望めますから、どこから撮るかというのはすごく重要。季節や天候を気にしながら撮影場所を選んでいるうちに、自然や天候の微妙な変化に気づくようになりました。
−撮る時に意識するのはどんなことですか。
目で見た景色よりも感動的な富士山の光景を撮りたい、ということですね。例えば闇の中にうっすらとしか見えない夜の富士山も、三脚を立てて長時間シャッターを開くことで、実際の目で見るよりもより明るくきれいに撮れたりするんですよ。あと、もっと人の心を動かすためにはどうすればいいんだろうということをいつも考えていますね。
−現段階ではどんな結論が出ていますか。
わかりやすく誰もが感動できる、絶景や珍しい気象条件で見られる美しい富士山を追いかけている人は多いので、“自分なりの何か”を見つけたいと常に思っています。それが何なのか、具体的に説明するのはすごく難しいんですけどね。でも、第65回ニッコールフォトコンテストで長岡賞をいただいたモノクロの4枚の組み写真「富士変幻」には、“自分なりの何か”が出ている気がします。
−雪煙の上がる剣ヶ峰、登山者のライトが描く人文字、山頂に雲がかかった富士山、ダイヤモンド富士を撮影した4枚ですね。
そうです。剣ヶ峰の写真は、他の人はなかなか撮らない角度から、かつ望遠で迫ったからこそ撮れたものだと思っていますし、ダイヤモンド富士の写真は、太陽が真ん中からちょっとずれたところに沈んでいるんですよ。山頂の真ん中に太陽が沈むのを追いかける人がほとんどですが、僕はそれほどこだわってないので、結果的にこういう写真が撮れた。ずれたことでちょっと力を感じるというか・・。雲がかかっている写真は、夜明け前に撮ったものです。まだほぼ真っ暗な時間帯ですから、実際にはほとんど富士山は見えていないんですが、長くシャッターを開けているから雪をかぶった富士山が見える・・。これは僕の背中側から太陽が上がってきていて、同時に月が上から雲を照らしているという状況なんですよ。御殿場から山頂に月が落ちてくるパール富士を狙っていた時で、これじゃあパール富士は無理だ、と一緒にいた仲間のほとんどはカメラをのぞいていなかったんですけど、僕は、光の当たり具合と雲に力を感じて望遠で撮った。狙って撮った写真ではないけれど、だからといってその場にいたら誰でも撮れる写真じゃなくて、その時に自分の心が動いたからこそ撮れた写真だと思うので、すごく思い入れがあります。同じようなものを撮ろうと思う人も、あまりいないと思うし。
−“力を感じる”は、成瀬さんの写真を見る時のキーワードになりそうですね。
力強い富士山というかかっこいい富士山というか・・。男前の富士山を自分なりに撮って作品にできたらな、とは思っています。
−お兄さん家族を撮った写真で受賞したこともある成瀬さんですが、やはり富士山にこだわっているんですよね。
富士山以外のものを撮ることで、富士山に対する気合いや気持ちが希薄化されていく感じがするんですよ。富士山をどこまで追いかけても100点満点の写真は撮れないと思うんですが、ずっと追いかけていないと撮れないものがあると思うし、その一途さがいつか写真に映し出されるような気がして・・。だから他のものを撮ろうという気にならないんです。単純に富士山に夢中、ということでもあるんですけどね。趣味は写真じゃなくて富士山なんですよ。単なる富士山の追っかけなんです(笑)。
−それほどまでに成瀬さんを魅了する富士山の魅力は?
変幻自在、なところですね。太陽の位置、月の位置、星の位置、天候などの状況によって本当に刻一刻と表情も変わるし、どこから見るかで表情が違うという点で、本当に魅力的な存在だと思います。仲間たちと並んで富士山を撮っていても、全然違う作品になったりするのも、おもしろいです。簡単に撮らせてくれないところも、いいのかな。さっきも言いましたけど、気合いを入れて何時間もかけて山に登っても霞しか見えない時もあったりするし。いつ、どこから撮っても感動しますけど、今日は本当にいい富士山が撮れたなと思うのは、年に50日くらい撮影に出かけていて3、4回くらいですからね(苦笑)。
−一番印象的だった富士山は?
難しいですけど・・。2年前の9月の嵐の夜に、南アルプスの赤石岳山頂にある避難小屋から見た富士山です。登ったのは嵐が来る前で、避難小屋にお客さんは僕一人。一晩中起きていたんですが、嵐の合間に、富士山が見えることがあったんですよ。雨や風や雲が激しくうごめく荒々しい天候の中で、たった一人で見た富士山は、苦労して登ってきたという思いもあったからか、独特の空気感があってすごく印象に残ってますね。
−富士山の写真だけ撮って暮らしたいと思ったりしますか。
365日追いかけられるならそうしたいという気持ちはありますけど、制限のある中で撮っているからこそ見えてくる自分なりの富士山があるだろうし、他の人が狙っていないようなところを撮っていい作品にしようという気持ちも生まれてくるんじゃないかな、と思っています。だから現状のままでいいんですけど、できれば今、住んでいる都区内からもう少し富士山に行きやすい西寄りに住みたいな、と考えてはいるんですよね。まあ、嫁さんがウンと言ってくれたら、ですけど(笑)。
−これまでに富士山に登ったことはありますか。
1回だけです。社会人2年目の24歳の時に、テレビか何かでご来光の映像を見て、ノリで、よし、行こう、と。徹夜明けみたいな状態で行ったせいだと思うんですが、高山病で辛かったです。ご来光は見られましたけど、とにかく気持ちが悪くて、脳みそが破裂しそうでした。下山した途端、ケロっと治ったのにびっくりしたし、それが何より印象に残っています。また登りたい気持ちもありますけど、どうせ山に登るなら南アルプスからもっと撮りたい、という気持ちが今は強いですね。仕事をしているので、山に登れるのは年に1回、夏休みをずらした秋に6、7日間と、限られているので。
−富士山の写真を撮ることで、人生が大きく変わったのでは?
そう思います。学生時代ずっとスポーツをやってきて、社会人になってからは当然頑張って仕事をしてはいるものの、それ以外の、自分はこれを本気でやってるんだ、と胸を張って言える何かをずっと求めていた気がするんですよ。振り返ってみると、結構悶々としてたと思います。今は、富士山の写真を真剣になって追い求めている。充実感が、全然違いますね。
1983年 東京都出身。幼稚園から横浜で暮らす。中学時代はラグビー部、高校、大学時代はアメリカンフットボール部に在籍しスポーツ三昧。現在は物流施設を扱う不動産会社の営業マンとして多忙な毎日を送る。富士山を撮り始めた翌年の2014年から、様々な写真コンテストで入賞。2017年には、兄家族を撮った写真で、明治安田生命2016マイハピネスフォトコンテストで金賞を受賞した。
成瀬亮さんのHP
https://www.ryonaruse.com/
第65回ニッコールフォトコンテストHP
http://www.nikon-image.com/activity/nikkor/contest/nikkor/65/