−もともと裾野市は自転車が盛んなところなのでしょうか。
いや(苦笑)。裾野市内は平坦なところが少ないんですよ。だから、自転車に乗る人はそれほど多くない。それもあってか、以前、裾野市役所の呼びかけで始まった“地元のみんなで自転車に乗りましょう”みたいな会は細々とした活動に限られていたみたいで・・。その会の核になっていた方と、裾野市が東京オリンピックのコースにも決まったことだし、地元の方たちを巻き込みながら東京2020の自転車競技ロードレースを盛り上げ、自転車で走る楽しさを気軽に共有できる受け皿になるような組織があるといいよね、という話になり、僕が「じゃあ、やりましょう」となったわけですね。
−具体的にはどんな活動をされているのでしょう。
東京2020オリンピックの自転車競技関連のイベントの企画、開催です。プロのサイクリストとコースの見どころを語り合うようなイベントをやって、同時に自転車の乗り方講座、ロードレース用の自転車の展示をしたり。あと市役所集合で“みんなで自転車に乗っておいしいパン屋に食べに行きましょう”という気軽なサイクリングを、随時企画したりもしています。
−裾野市で初めて登録されたJCA公認サイクリングガイドでもあるそうですが、サイクリングガイドは何をする人なのでしょう。
検定試験の講習では“スキューバダイビングのインストラクターや大型バスの運転手のように、お客様を先導して安全に楽しく目的地まで走行するサイクルツーリズムを牽引する役目”と教えられました。お客さんの希望に応じてルートを考え、目的地まで安全に案内したり、走りに不安がある時には適切なアドバイスもする。自転車が壊れたら修理の手助けをしたりします。ガイドになってまだ1年経っていないので、お客さんを連れて走るのは緊張します。でも途中で振り向いた時にお客さんがニコニコしながら乗っているのが見えたり、「もう終わり? もうちょっと乗りたかった」と言ってもらえたりすると、よかったな、とすごく思います。自分も楽しいし相手も楽しくさせてあげられるのはいいですよね(ニコニコ)。
−本格的に自転車を始めたのはいつですか。
仕事で沖縄にいた32歳、33歳の頃です。外国人の上司に「うちは環境課なんだからエコを考えなきゃダメだろう。お前、自転車で通勤しろ」と言われたのがきっかけでした。同じ頃にマラソンも始め、近くに海もあるのでトライアスロンの大会にも出るようになり・・。そこからだんだん自転車にはまっていった感じです。かなり肥えていた時期だったので、いいダイエットにもなりました(笑)。
−トライアスロンの大会で優勝経験もあるとか。子どもの頃からスポーツはよくやっていたんですか。
ずっと運動ばかりしていました。高校時代はバスケットボール部で、地元の交換留学制度で1年間行っていたオーストラリアでも、現地のクラブチームに参加していました。大学に入ってからはアメリカンフットボールで、社会人になってからも数年、続けていました。そのあとは野球もやりましたしね。
-いろんなスポーツを知っている大庭さんが、今、自転車にはまっている。その魅力はどこに?
自転車のチェーンみたいにどんどん人と人がつながっていくところ。そこがどっぷりはまっている要因のひとつだと思います。今、話している取材場所のチェレステカフェのオーナーの小野剣人さんと知り合ったのも自転車を通してですし、小野さんを通して日本の現役トップ選手やいろんなサイクリストと知り合えた。本当に、いい仲間ばかりなんですよ(ニコニコ)。また彼らのつながりや協力もあって、ロンドン在住のコーディネーターに「よろしく」と頼まれた、リオオリンピック自転車競技ロードレース(女子)のゴールドメダルに輝いたオランダ人のアンナ・ファンデルブレッヘンさんら3人の選手もおもてなしできたりしましたからね。もちろん、走る楽しみもありますよ。自力で遠くに行けた時の達成感も大きいですが、僕が自転車で一番好きなのは、五感で楽しめるところです。ちょうどいいスピードで周囲の景色を楽しめるし、虫や鳥の鳴き声や林を渡る風の音を聞けるし、夏の雨が降ってきた時の匂いや秋の金木犀の匂いを嗅げるし、冬のリンとした空気とか道路の凸凹も体全体で感じられるし、おいしい湧き水やおいしいものにも出会える。走っていて鳥になったような気分になれるのも、すごく気持ちいいんですよ。
−東京2020オリンピック自転車競技ロードレース(男子)では、7月25日午前11時に都内の武蔵野の森公園をスタートした選手たちが約244km先のゴール・富士スピードウェイを目指します。
裾野市内のコースはそのうちの約19kmです。最初のうちは右手に富士山が見える平坦な道が続きますが、須山交差点を過ぎてからは、今回のコースで最も標高の高い約1500m地点にある水ヶ塚公園までのおよそ900mの標高差を一気に上ることになります。傾斜がある長いつづら折りの上り斜面があり、そのあとは正面に富士山が見える道を延々上る。今回のコースを完走できる選手はごくわずかじゃないかと言われていますが、150km近く走ってきた選手にとって裾野市のコースは、かなり過酷だと思いますね。
−話を聞いているだけで息が上がってきそうです。
だから勝負に関わる重要なポイントにもなるだろうと、仲間のサイクリストたちと話しています。本命の優勝候補たちの勝負のポイントは、最後のキツい傾斜の三国峠になるだろうというのが大方の見方ですが、その前段階として裾野市の長い登りで、ふるい落としがあり、伏兵的な選手が仕掛けたりするんじゃないか、と。そこで抜け出した思いがけない選手が、結局最後まで逃げ切る、ということもあり得るでしょうからね。そういう意味で裾野市のコースは勝負どころであり、見どころだと思います。
−実際に裾野市内のコースを走ったことはありますか。
コースに自動車専用有料道路の南富士エバーグーリンラインが入っているので、通して走ったことはないですね。ただ、有料道路を開放した約30kmのコースを、プロの方と一般参加の方が走行する“東京2020参画プログラム 富士山チャレンジライド2019 in御殿場・裾野”というイベントが今年7月22日にあって、その時に僕は、プロの方に続いて出発する一般参加の方たちの先導役として走行させていただきました。雷雨のために一般参加の方たちは予定のコースを走り通すことはできなかったんですけどね。その時に南富士エバーグリーンラインの約10kmの上り坂を走って、ああ、これは相当キツいなあ、と思いました。その手前にあるつづら折りの上りは倶楽部のメンバーと何回か走っていますけど、そこもかなりキツいんですよ(ニコニコ)。
−大庭さんやサイクリストは、キツさが楽しい人たちなのでしょうか(笑)。
はい(笑)。とにかく来年、あのコースで世界トップ選手の戦いが繰り広げられて、それを間近で見られると思うとワクワクしますし、たくさんの方に楽しんでほしいです。現時点で裾野市が考えている観戦場所は、選手がもがき苦しむ表情や息遣いが感じられるところが少なそうなので、他にも観戦場所を広げられないかと市にお願いしているところです。時速100km近い速さで駆け抜ける下りもインパクトはありますが、本当に一瞬で過ぎ去ってしまいますから。選手たちも身近に声援を受けられたらパワーが出てくるでしょうしね。
−ご出身は裾野市ですね。
富士山を見て育ちましたから、見えるところに富士山がないと落ち着かない気がします。地元の高校を出てからしばらくは富士山の見えないところに住んでいましたが、“今日の富士山はどうかな”といつも富士山のことが気になってました。ニュースで“富士山”という言葉が流れると、つい画面に見入ってましたしね。
−登頂も何度かされているんですか。
はい、何回か。最近はちょっと登山者が多すぎて、山頂まで人が数珠つなぎになっていたりする時もある。自分のペースで登れないのがすごく残念です。正直、もう昔の富士山じゃなくなったな、という気がしてさみしいです。
−どこから見た、どの時期の富士山が好きですか。
やっぱり自分の家の裏から見た富士山が一番好きです。季節としては冬。自分が生まれたのが冬というのもあるんですけど、空気がピンとはりつめた冬の朝に見る、白い雪の富士山が一番好きですね。
−富士山はどんな存在ですか。
とにかく特別な山です。親とか兄弟ではないけれど、自分のことをずっと見てくれている、見守ってくれているという気持ちがあるのかもしれない。さっきも言ったように、富士山が見えないとちょっと心細いような気持ちになりますからね。横浜に住んでいた時に、通勤途中に振り返ると富士山が見える陸橋があったんですよ。そこを通る時には必ず振り返って、富士山が見えるかどうかを確認していましたし、見えた時には、拝むわけじゃないですけど“行ってきます”みたいな(笑)。そういえば、学位取得を目指して市ヶ谷の大学に通っていた頃は、富士山が見える最上階のラウンジによく行ってましたね。富士山を見ると“今日はこんなことがあったよ”と思うし、心に引っかかることがいろいろあっても“富士山が見てくれるからまあいいや”と気持ちを切り替えられる。本当に身近でなくてはならないものですね。
1974年 静岡県裾野市生まれ 高校時代、裾野市の交換留学制度で1年間オーストラリアに。日本大学国際関係学部卒業後に就職。その後、在日米海兵隊のキャンプ富士に転職し、並行して測量士の資格取得に必要な学位取得のために法政大学通信教育部文学部地理学科へ。当時の担当教授とは現在も親交があり、国土交通省が年に1度行う「身近な水環境の全国一斉調査」のお手伝いで黄瀬川流域を担当している。沖縄勤務を経て、現在は再びキャンプ富士で施設管理部に在籍。トライアスロンに挑戦していた時には、大会で優勝したことも。座右の銘は“迷ったらやる”。
富士山裾野自転車倶楽部
(https://www.facebook.com/SUSONOCyclingClub/)
取材協力: チェレステカフェ
(https://www.facebook.com/チェレステカフェ-528592987193313/)