−三晃建設株式会社さんはいつ頃から御殿場口登山道維持工事のお仕事をされているんですか。
今から40年くらい前、創業者の祖父が御殿場市の建設業協会の会長をやっていた時に、御殿場口と須走口の登山道を受け持っていた前任の会社が諸事情により撤退することになり、他にやり手がいなかったのでどちらも引き受けたのが最初だと聞いています。今は御殿場口登山道だけですけどね。
−引き受け手がないくらい大変な仕事、ということですか。
今は山頂までブルドーザーですが、当時は歩きですから、相当大変な仕事だったんだろうと思います。最初の年は、鉄ピンとかロープとか電動工具類とかエンジンとかの装備一式を背負子に積んで、それを担いで須走口から作業しながら山頂へ上がり、また作業しながら御殿場口に下りてきた、と聞いています。途中、お客さんをお迎えする準備をしている山小屋さんに泊まらせていただいたりしながらの作業だったそうです。当時の名残で、うちには背負子がいっぱい残っていますよ(笑)。
−静岡側の開山は7月10日。維持工事の作業は毎年いつ頃から始まるのでしょう?
雪の残り方や天候にもよりますが、大体6月の中旬くらいからでしょうか。管理している県と契約した後に調査登山に入り、残雪の量や荒れ方を確認してから作業を始めます。この時に問題になるのは雪の残り具合ですね。御殿場口登山道の頂上付近は谷になっていて雪が吹き溜まっているんですが、その真下には山小屋さんや登山道があるので、機材で雪をかいて下に落とすわけにはいかないですし、だからと言って急激に雪解けを促進させると落石の危険が高くなってしまう。なるべく自然に逆らわないように手作業で登山道の整備をしています。あとは崩れたところを直したり、雪の重みで倒れた誘導ロープの鉄ピンとロープを新しいものに代えたり、案内標識等を設置したりしていきます。開山中も週に一度ずつ、県職員と私の会社で巡回をします。そうでないと道を保全できないんです。最後の仕事は閉山の後の標識等の回収ですね。
-開山しなかった去年も登山道の維持工事はされていたんですか。
人の手が入らないと完全になくなってしまう道が何ヶ所かあるので、そういった場所の路面の整備はさせてもらいました。例えば旧六合目付近から大石茶屋辺りですね。砂地なのですぐに流れてしまうんですよ。ああいうところはむしろ人が入って歩いてくれることで道幅がしっかり残っていく。去年は登山者を入れないことが前提でしたので鉄ピンやロープに関してはまったく修復しませんでしたが、おかげで今年の鉄ピンとロープの補修は大変でした(苦笑)。
-今年の御殿場口登山道には、他にどんな変化が?
全般的に荒れ方が酷かったです。原因のひとつは、たくさんの登山者に踏まれることで路面は固く締まるのに、去年はそれがなかったこと。もうひとつは、去年は雪が積もるのが遅くて雪化粧をしている期間が短かったこと。富士山は単独峰なので9月以降どんどん風が強くなって、登山道の石や砂が飛ばされてしまうんですよ。雪がそれを抑え、凍土になることでそこに定着させてくれるんですが、この冬は凍らなかったために頂上付近の登山道は雪解け水でかなり流されていました。
-人が歩くことで路面が締まるというのは新鮮です。荒れるだけだと思っていたので。
ちょっと浮いている石を人が踏むことで落石が起きて道が荒れることも当然あります。私の会社はそういうことがないように整備をしているわけですが、毎日山に上がるわけにはいかない・・。落石だけは予想ができないので、みなさんにはぜひヘルメットを被って登山していただきたいですね。ストックを用意していただけると、なおありがたいです。ストックがないと滑った時につい誘導ロープを掴んでしまいがちですが、ロープを通した鉄ピンが刺してあるのは砂地なので、強い力がかかるとそのまま抜けて滑落してしまう恐れがありますし、ロープ自体も、砂まじりの雨と風にさらされているので劣化が激しく、毎週のように取り替えてはいますが、簡単に切れる場合がありますからね。
−子どもの頃にお父さんの仕事についていったりはしなかったんですか。今は無理でしょうけど、当時はまだおおらかな時代だったでしょうし、夏休みの体験のひとつとして「一緒に行ってみないか」とか「連れてって」というやりとりはなかったのでしょうか。
何度かありましたね。最初は小学校中学年の頃だったと思います。当時は父が現場代理人でしたから、週に一度の巡回など、私を気にかける余裕がある時に、同行させてもらいました。小さな荷物を持たせてもらったり、石を除けるのを手伝わせてもらったりするのが嬉しかったです。学校行事で初めて富士登山をした時の感動は、ちょっと薄かったですね(笑)。
-代々やられている登山道維持工事という仕事を、当時はどう捉えていたのでしょう?
富士山は観光の山ですが、ハイキングと同じレベルで考えてはいけない山です。天候の変化も激しいし、危険度と難易度はとても高いですからね。登山道がちゃんと整備されている方が少しはリスクを減らせますから、とても大事な仕事だと小さい頃から思っていました。私の会社は40年以上この仕事をさせていただいているので、例えば道がなくなった時にゼロから道を復旧するノウハウや他にも様々な技術が蓄積されています。委託業者は毎年一般競争入札で決まりますが、この先もずっとこの仕事を請け負わせていただいて、私の次の代にもつなげていけたらありがたいな、という思いはありますね。
-やりがいを感じるのはどんな時ですか。
無事に開山して、いろんな年代の登山者の方たちが楽しく登山されているのを見る時ですね。あと、週に一度の巡回で作業をしている最中に「道がきれいになっていて助かりました」とか「歩きやすかったです」といった声をかけていただいたりすると、本当に嬉しいです(笑顔)。
-どこから見る富士山が好きですか。
やっぱり物心ついた時から見ている御殿場からの富士山が一番いいですね。ずっとそこにいてくれるものなので特別感はないし、日本一の山だということも忘れがちだったりするんですが(苦笑)。
-きれいだな、と思うことも少ないということですか。
御殿場は天気が悪いことが多くて、何日も見えない日が続いたりするんですよ。久々に見えた日は新鮮で、きれいだなと思ったりします。でもそれも一瞬です。風が巻いているとか、砂が舞い上がっているとかいろんなことがわかりますから、そっちの方が気になってしまいますね。
-それは開山期だけではなくて?
ええ。次のシーズンのこともありますからね。富士山を見るたびに登山道は大丈夫かな、とつい思ってしまいます(苦笑)。他の人とは富士山の見方が違うかもしれません。
−これまでで一番苦労した時のことを教えてください。
何年か前、雪解けが間に合わなくて開山を1週間、7月17日まで遅らせた時ですね。少し崩したりすることで雪解けは促進できたんですが、下に氷が張っているのでなかなか解けず、完全には道を整えることができなかった。それで開山を遅らせるしかないという結論に至りました。あの時は本当に大変でした。自然環境はその年によって違うので、毎年何かしら大きな壁にぶち当たっている気がします(苦笑)。開山日に間に合うように作業を進めなくてはいけないので、視界がわずか数メートルという中で、完全に流された道をゼロから復旧したこともありました。今年も天気の悪い日が続いて、開山前のすべての作業が終わったのは前日の9日でした。
−天候との戦いですね。
本当にそうです。週に一度の巡回も、新五合目でいろんなサイトの天気予報を確認してから上に行くかどうかの最終判断をするんですが、予報は晴れで、頂上についた時点でも雨の気配はないのに、登山道を下り始めたら急激に天候が変わって、雨と風で視界がほぼゼロという状況に陥ることも珍しくないですからね。開山前の作業中にそんなことになると、整備前の荒れた登山道を何人もの作業員を引き連れ、風に飛ばされないように、滑落しないように慎重に下っていかなくてはいけないので、精神的にも肉体的にもかなりの緊張感があります。ただ運のいいことに、富士山では“地面に雷が走る”という言い方をしますけど、雷に遭遇したことはないので、守っていただけているのかなと思ったりはします。とにかく富士山に入っている間は、ずっと緊張しっぱなしです。ただそれも事故につながりかねないので、山小屋などの避難所があるところでは少しでもリラックスするように心がけています。
−作業中に素晴らしい景色に出会ってホッとすることもあるのでは?
雲ひとつない天気というのは結構レアなんですが、毎夏一度は御前崎の方までスッキリ見渡せることがあって、そういう時には“やっぱり日本一の山なんだな、自分はここで生かされているんだな”とちょっと胸が熱くなります。たまに虹が見えたりもしますしね。仕事中なので写真は撮れませんけど、いろんな素晴らしい景色が心の中に焼きついています(照笑)。下から見ているとわかりませんが、五合目以上から上を見ると、富士山が崩れていってるのがはっきりとわかります。自然のものなので仕方ないことではあるんですが、長くいい状態で残っていってくれるといいなあ、と思いますね。
たかすぎただし 静岡県御殿場市生まれ 祖父が創業した三晃建設株式会社に24歳で入社し、道路改良や河川改修などの土木工事や災害復旧工事などに従事。夏の富士山御殿場口登山道維持工事に13年間、現場代理人として携わっている。趣味はアウトドア全般。渓流のフライフィッシングが趣味で、最近新たにマウンテンバイクを始めたところ。“クソ真面目”を自認するが、仕事には常に危険が伴うこともあり、「気楽に行こう」と自らに言い聞かせることが多いのだとか。
撮影協力:NikenMe from Corner https://nikenmefromcorner.com