−最初に自然保護を意識するようになったきっかけを教えてください。
高校生の頃、山梨の武田の杜の一部が道路用地になるという新聞記事を読んだことです。中学に入るまでは放課後に近所の田んぼで生き物を捕まえて観察するのが一番の楽しみでしたから、自然が人間の都合で破壊されるなんてことがあるんだ、と。
−それで日本野鳥の会に?
野鳥の会の門を叩いたのはもっとあとの1999年です。大学卒業後は普通に就職をして、河口湖のホテルでメインバーやカクテルラウンジの仕事をしていました。おもしろい仕事だとやりがいを感じてはいたんですが、ずっと抱いていた“自然に関わる仕事がしたい”という思いがどうしても捨てられず・・。野鳥の会では、噴火前だった三宅島で自然保護の基礎をみっちり教えてもらい、その後、北海道の釧路湿原にある鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリで実践を勉強させてもらいました。基礎を教わっていた時に、自然を守る上で大切なのは、人と自然をつなぐことだと気がついたことはとても大きかったですね。当時の自分には自然に関する専門的な知識はありませんでしたけど、接客業の経験が活かせるということで、自分にとてもあった仕事なんじゃないか、と思いました。おそらく野鳥の会も、私のそこに期待して、採用してくれたんだと思います。
−北海道の喫茶店でたまたま富士山の写真集を手に取ったことが、転機になったそうですね。
ええ。どの写真を見ても、どこから撮ったか、なんとなくわかる。それがすごく不思議でした。山梨県で生まれ育った私にとって、富士山はただそこにあるだけの山だったはずなのに、実はずっと見守られていたのかもしれないという感覚になり、初めて望郷の念のようなものに駆られました。いつかまた富士山の近くに戻って自然の仕事がしたい、という思いになりました。
−そして2001年に富士山の近くの富士宮へ。それからアースホール自然学校と国設の自然学校の第一号である田貫湖ふれあい自然塾では自然体験のメニューをお客さんに提供していたわけですね。2005年にroots&fruits Nature Toursを設立し、Bar roots&fruitsをオープンしたのはどんな想いで?
ホテルでやっていたバーの仕事のおもしろさも忘れられず、両方やりたいな、と。それには自分でやるしかないな、と思って独立しました。
−“ネイチャーツアー”という言葉に、岩崎さんのこだわりを感じます。
一言でいうと、自然に親しみ、自然を理解し、自分も何か自然のために行動したい、という気持ちが自ずと湧いてくるような感動を持ち帰ってもらえるツアーを提供したい、という強い想いがありました。自然体験の中に自然保護の思想を入れないと、遊園地に行くのと同じになってしまうので。例えば、富士山の自然の豊かさに触れ、その豊かさがちょっとしたバランスで保たれていることを知れば、ゴミは持ち帰ろうとか、家でも水を大切に使おうと心がけられるようになると思う。それが結果的に富士山だけでなく、地球全体の自然環境を守ることにつながるはずだと、考えているんですよ。
−HPではいろいろなツアーメニューが紹介されていますが、ほとんどが山域を巡りながら自然や歴史に触れるツアーですね。
問答無用で日本で一番高いところに立つピークハントは、達成感も大きいですし確かにおもしろいし、多くの人が魅力を感じるのもよくわかります。でも富士山の魅力の7割は、五合目より下にあるというのが私の考えです。五合目から上に明らかになっている富士山の魅力があるとしたら、五合目から下は知られざる富士山の魅力の宝庫です。古い登山道を始め富士山信仰にまつわる史跡や文化を感じさせるものが、五合目から下にはたくさん残っていますからね。今はあまり見なくなりましたが、以前は古い登山道で寛永通宝を見つけることもありました。昔の人はどんな思いでこの道を歩いていたのだろうと想像を膨らませるのはとてもおもしろいと思います。
−植物もやはり五合目から下の方が?
富士山は今の形になっておよそ1万年。46億年の地球の歴史からしたらまだまだ赤ちゃんです。だから時々癇癪を起こして噴火したりするのかもしれない(笑)。氷河期のあとにできた山なので、一般的な高山植物が存在していなかったり、本来、ハイマツが存在するようなところにカラマツがチャレンジして上がってきていたり、他の山では見られない自然の生態を見ることができます。森林限界下では、わずかの標高差で植生が高山帯から亜高山帯に移り変わるのを見ることができるのも富士山ならでは、ですね。
−個人的に「富士山コケトレッキング」というツアーが気になりました。富士山にはコケもたくさん生息しているんですか。
何種類と具体的に言うことはできませんが、富士山は多種多様なコケを見られる日本有数のスポットです。中には斜面一面が5cm から7cmの厚さのコケに覆われる場所もありますが、眺めといい柔らかい触感といいちょっと感動的です。
−南極と関係のあるコケも、富士山で見られると聞きました。
山頂近くに生息している絶滅危惧種のコケですね。南極と共通する苔の仲間です。大気の流れに乗って南極から飛んできたいくつもの胞子が、富士山頂という厳しい環境に可能性を見出して定着し、そこで育ったのでしょう。
−南極から富士山へ・・。ロマンがありますね。
ええ。地球規模で移動するんですから、コケはおもしろいです。コケは富士山でとても大切な役割を果たしているんですよ。
−というと?
富士山には、常時水が流れる川は存在しません。マグマが固まった玄武岩でできていますから、雨や溶けた雪はそのまま染み込み、やがてぶつかる不透水層に沿って流れ、麓で湧き出る。つまり富士山の地表に水を蓄えてくれるのはコケと薄い表土のみということです。ですから、コケが富士山の森を支えていると言っても過言ではない。自然の生き物すべてに言えることですが、コケはそれを利己的にやっているわけです。自らの繁殖に役立てるために、水を蓄えている。ただ自然は繋がっているので、結果的にそれが他の植物の発芽に役立ち、それによって富士山の森が守られている。利己的な生き物の集まりが地球の自然を支えている、ということに気づくだけでも、自然の見方は大きく変わると思います。おそらく人間も利己的に生きているんでしょう。ただ他の生き物と決定的に違うのは、人間は自然を破壊する、ということ。子どもたちのツアーでは必ず「僕たち人間が壊さなければ、自然は守られるんだよ」と伝えています。
-富士山の自然を守るために今、どんな取り組みが必要だと思いますか。
まずツアーを実施し、自然体験を提供する側の私たちが、もっと自然や歴史に関する正しい知識を持ち、わかりやすくそれを伝えていくことだと思います。私自身、今や誰もが手に入れられるインターネットの情報から一歩踏み込んだ知識を解説に加えるために、専門的な本を読んだり、学者さんから直接話を聞いたりしています。それを自分なりに咀嚼してわかりやすく伝えることで、大人にも子どもにもあるはずの知識欲が刺激できるでしょうし、それが“もっと知りたい!”につながっていくと思う。結果的に、自然を守ろうという意識を高めることにもなると思います。
-なるほど。
もうひとつは、これはホールアース自然学校の創業者である広瀬敏通さんもおっしゃっていたことですが、マスツーリズムのエコ化、です。団体で富士山に登るマスツーリズムは既に否定はできない状況ですし、外国人の団体も今後、さらに増えていくと見込まれます。ならばその人たちが少しでも自然に対して優しく振舞ってくれるようにするしかない。そのための取り組みを、行政を含め富士山に関わるみんなで進めていかなければいけないと思っています。子どもたちのツアーではよく、「富士山も含め地球の自然は未来からの借り物だよ」という話もしています。「図書館で借りた本を壊して返す人がいないように、僕たちも未来の人に今のままの富士山や地球を返さなきゃいけないし、未来の人たちもさらにその未来の人たちに同じように返していくことが大事なんだよ」と。
−小さい頃から、富士山はよく見えていましたか。
生まれ育ったのは市川三郷町という場所で、見えていたのは頭の方だけです。さっきも話しましたが、私にとってはただそこにあるだけの山でした。今思うと、いろんなことを私に伝えてくれていたんでしょうね。それが私の“現在”につながっている気がします。日本の象徴である富士山、知らない人はいない富士山が当たり前にそこにあったというのは、私にとってとてもラッキーなことだったと思います。今は、朝起きたら必ず窓を開けて富士山が見えるかどうか、確認しています。見えるとありがたいなと思うし、何か力がもらえる気がします。
−富士山を見るお勧めのポイントを教えてください。
宝永山の第三火口の底です。見慣れた姿とはちょっと違う富士山に驚くかもしれませんが、とても魅力的な場所ですよ。火口ならではのエネルギーも感じるし、森林限界の下の植生の変化もとてもわかりやすい。上に進出しようとする植物たちを阻むかのように毎年崩落が起きる場所で、繰り返される自然対自然の力のせめぎ合いにも私は心惹かれます。斜面を覆うカラマツが季節によって芽吹いたり、濃い緑色になったり、金色に黄葉したりするのもいいですしね。
−岩崎さんは景色ではなく富士山やその自然が秘めているエネルギーに強く反応されるようですね。
そうかもしれません。富士山は噴火と崩落によって形作られた山ですので、力が漲ってる気がします。それが私に自然への畏敬の念を起こさせるというか。昔の人が信仰の対象にした気持ちもよくわかりますし、人々の富士山への想いは、今も昔もあまり変わっていない気がします。多くの人が気軽にチャレンジする山と捉えていることに異論を唱えるつもりはありませんが、今、富士山を守るために自分たちができることはやるべきだな、と思ってはいます。実は私、勝手に“富士下山家”というカテゴリーを作ったんですよ。おそらく名乗っているのは日本で私1人だけだと思いますけど(苦笑)。富士登山と違って体力に自信のない人たちにも体験してもらえるのが富士下山です。その富士下山の魅力を伝え、富士山全体の魅力を伝え、自然を守る意識を伝える。それができたら富士下山家としては本望です。
1974年 山梨県生まれ 地元の高校から神奈川県内の大学に進学。河口湖のホテル勤務を経て日本野鳥の会に入り、三宅島、釧路などで自然保護活動に従事する。2001年からは富士宮市のホールアース自然学校、環境省 田貫湖ふれあい自然塾に携わる。2005年に独立しroots&fruits Nature Tours(のちに合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」)を設立し、Bar roots&fruitsをオープン。ブルースを愛し、自らもギターを演奏するという音楽好き。お店でライブを開催することも。奥様と2人のお嬢さん、富士山で拾った愛犬・ルーシーと暮らす。2018年、「富士山の知られざる魅力に出会う自然旅行『富士下山』」で第4回ジャパン・ツーリズム・アワード「倫理特別賞」を受賞。
合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」HP:
https://roots-fruits.jp/home.html