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富士山インタビュー

95%の弾丸登山削減を達成!富士山登山規制条例で実現した「生命を守る」改革──浦郷敬さんが語る制度設計の舞台裏

令和6年度、富士山吉田ルートで初めて導入された登山規制条例は、夜間通行禁止や人数制限、
通行料徴収により弾丸登山を95%削減するという劇的な成果を上げました。
わずか3ヶ月という短期間で、この画期的な制度の設計から実施までを課を挙げてチーム一丸となって推進したのが、
山梨県観光文化・スポーツ部富士山観光振興グループ主査の浦郷敬さんです。
「制度骨格は起点に過ぎず、現場運用は多主体の協働の成果」と語る浦郷さんに、
制度設計の舞台裏から今後の展望まで詳しく聞きました。
写真:廣瀬貴礼/取材&文:永井理恵子
2025年12月3日

規制導入の背景と制度設計──「登山の自由」と「生命の安全」の狭間で

―登山規制の議論は、いつどのように始まったのでしょうか?

 登山規制の議論が始まったのは令和4年度頃からです。それまでは指導や啓発が中心でしたが、令和5年度に転機を迎えました。世界遺産登録10周年とコロナ禍よる制限の緩和が重なり、多くの方が富士登山に訪れた結果、過度な混雑や弾丸登山、登山道での仮眠など安全を脅かす行為やマナーの悪化によって、登山者の事故リスクが深刻化していました。

―具体的にはどのような出来事が危機感を高めたのでしょうか?

 特に深刻だったのは、外国人登山者が数百人から千人規模で弾丸登山をする事例が見られたことです。地元市町村等からも登山規制に関する要望書が提出され、登山の規制に関して具体的に議論を開始することになりました。転倒・高山病・低体温症といった事故リスクが現実のものとなっていたんです。

―条例制定は大変だったのではないでしょうか?

 まず、条例の制定以外にも自然公園法や道路法などの現行法令の活用やガイドラインなどによる対応も含め、あらゆる可能性を検討しました。過度な混雑や弾丸登山を抑制するためには、登山者を時間や人数により何らかの形で制限・コントロールすることが必要になります。一方で、規制を行うことは登山の自由を妨げることにもなりますが、登山者の生命を守るという公共の福祉の実現のために必要な措置であって不当に権利を制限するものではないと判断し、条例により規制を行うこととしました。

―制度設計で特に難しかった点はどこでしょうか?

 最も難しかったのは、吉田ルートの全区間が道路法上の道路であったことです。道路は自由通行が原則であるため、道路のままでは規制を行うことができません。そこで、県道の一部を道路法上の適用から除外し、その区間を条例によって県有施設として管理することで、ゲートの設置や登山規制の実施を可能としました。この技術的な解決策を見つけるのに相当苦労しました。ただ、富士登山の安全確保が県としての重要課題であるということは全庁的に認識されていたため、道路担当部局や自然公園法担当部局等から様々な面で協力を得られました。本当にありがたかったですね。

―わずか3ヶ月で制度を作り上げたとお聞きしました。

 議会日程や山小屋予約の開始時期を見据えると、閉山後から約3ヶ月で概ね仕組み作りを完了する必要があり、条例案の作成・県庁全体を巻き込んだ協議・関係機関との調整など、課を挙げて全力で取り組みました。令和5年9月に着手し、12月に骨子を固め、令和6年2月議会で条例可決にこぎ着けました。

―このタイミングでこの部署に配属されて、一番大変な時期を駆け抜けられたわけですが、振り返っていかがですか?

 県庁の仕事は、何かを成し遂げても、県民の皆様から直接感謝の言葉を聞く機会はそう多くありません。県民の暮らしを支える縁の下の力持ちとして、目立たないところで日々の業務を積み重ねていくのが行政の役割だからです。けれども、今回は富士山ガイドや地元の方、登山者の皆様から「負担は増えたけど、登りやすくなった。安全になって良かった」というご感想をいただきました。好意的な評価が数字にもはっきり表れています。県庁職員としてこういう経験ができるのは本当に稀で、すごく貴重な経験をさせてもらいました。ただ、私は制度の骨組みを作っただけです。現場の運用は別の職員が担当し、山小屋の方々、富士山ガイドの方々など、本当に多くの方々の協力があってこそ実現できたものです。きっかけを作った者として、これだけいい形になったのは本当に嬉しいですね。

実施初年度の成果と課題──想定を超えた効果と新たな課題への対応

―地元関係者との合意形成はいかがでしたか?

 地元市町村や山小屋組合から登山規制の実施について要望書をいただいていたこともあり、条例制定による登山規制の実施については当初からご理解・ご協力を得られたと思います。ただし、施設使用料(通行料)の徴収金額設定や通行規制時間の設定については、宿泊客や観光客の減少につながりかねないことから詳細な説明を求められており、会議を何度も開催し丁寧にご説明しました。

―実際の運用で最も苦労されたのはどの部分ですか?

 時間規制や人数規制をし、通行料を徴収することは国内でも初めての取り組みだったため、登山規制を知らない登山者による、ゲート前での混乱が心配されました。そこで、登山者、特に海外からの登山者に対する事前の周知を徹底しました。報道機関を通じた情報発信はもちろん、SNSや旅行サイトを活用した周知活動、富士山へ向かう公共交通機関内への広告の設置、旅行会社や大使館を通じた外国人登山者への呼びかけなど、ありとあらゆるチャンネルを活用して、登山規制の周知を行いました。

―弾丸登山が95%減少という成果が話題になりましたが、実際の効果は?

 時間規制の実施により、弾丸登山者数が令和5年度1万4469人から令和6年度708人に減少し、95.1%減となりました。また、令和7年度は時間規制の開始時刻を早めたこともあって542人とさらに減少しています。542人の中には五合目の宿泊施設でしっかり休憩を取ってから登山を開始した登山者も含まれており、弾丸登山についてはほぼ根絶できたと考えています。通行禁止時間帯の設定が、弾丸登山の抑制に最も効果的だったと思います。

―通行料の徴収についてはいかがでしたか?

 通行料の徴収は、登山規制や登山道の維持管理に必要な経費を賄うために設定したもので、これまで県民の税金で賄っていたものを、受益者負担の観点から登山者の方々にご負担いただくという本来の形にすることができました。副次的な効果として、せっかくお金を払って富士登山するのであれば事前に情報を調べてしっかりとした登山計画を立てよう、と考える登山者が増加したように思います。

―初年度の課題はありましたか?

 令和6年度の課題として、雨具や防寒着などの十分な装備もなく登山しようとする軽装登山者や、ゲートが閉まる午後4時直前に通過し弾丸登山に近い登り方をする駆け込み登山が一定数確認され、新たな問題となっていました。これを踏まえ、令和7年度には条例を改正し、上下セパレートの雨具・防寒着・登山に適した靴を最低限必要な装備として義務化しました。同時に、富士山レンジャーや職員がこれらの装備を持たない登山者の入山を制止できる権限を明文化し、実効性のある軽装登山対策を実現しました。また、ゲートを閉める時間を午後2時に前倒しし、さらなる弾丸登山の抑制を図りました。

―静岡県との連携はいかがでしたか?

 静岡県が登山規制を実施する際には、山梨・静岡両県で足並みを揃えることが求められていたことから、設計段階からすり合わせを行いながら制度の構築を進めました。ただ、両県では地形条件が大きく異なります。五合目から山頂に向かう登山道は、山梨県側は1本ですが、静岡県側は3本あるうえ道幅が広い箇所もあります。そのため、静岡県においても山梨県と同じ方法での規制が物理的に可能なのか、経費面で実現可能なのかという検討が行われたと聞いています。条件が違うために様々な調整は必要でしたが、「富士山は一つ」という共通認識のもと、連携体制を築いています。今後も、登山者が混乱しないよう規制内容など可能な限り足並みを揃えていくことが重要だと考えます。

未来へつなぐ富士山の保全──次世代への想いと今後の展望

― 山梨県が実施した登山者調査の結果についてお聞かせください。

 県が登山者に行った調査では、こうした規制や指導について95%の方が肯定的に捉えており、私たちの先進的な取り組みは大きな成果を上げ、高い評価をもって広く受け入れられたと感じています。「登山道が平和になってとても良かったよ」と山小屋やガイドの方々に喜んでいただいたことが心に残っています。

― 浦郷さんご自身にとって、富士山とはどのような存在でしょうか?

 私は出身が九州ですので、東海道新幹線に乗る時しか見たことないぐらい、本当に縁遠い存在でした。山梨県に来ても、最初は富士山に登ろうという気持ちは一切持たなかったです。でも、やっぱりここに来た以上は登らなきゃいけないと思って。富士山は「見るもの」から、だんだん「登るもの」に変化していったんです。そして今は「守り、未来に引き継ぐもの」となりました。

― この取り組みを通じて、富士山への見方は変わりましたか?

 いろんな方々との触れ合いの中で、それぞれの方にとって富士山の捉え方が全然違っているんだと気づきました。毎日拝むだけで心が穏やかになるという方、毎年開山日に登るのを生きがいにしている方、山小屋で生計を立てている方、定年後にようやく登れたと喜んでいる方。本当にいろんな想いがあるんですね。そういういろんな方々にとって大切な富士山を、どう守って未来に引き継いでいくか。私の立場からできることは限られていますが、それぞれの立場で何ができるかを考えていくことが大事だと感じています。

― 最後に、今後、富士山をどのようにしていきたいとお考えですか?

 今後も登山者や関係者の皆様のご意見を丁寧に伺いながら、富士登山の安全性と体験価値をさらに高めるため、改善を続けてまいります。行政として稀有な、感謝される施策を経験させていただき、制度骨格は起点に過ぎず、現場運用は多主体の協働の成果だということを実感しています。公共の福祉を実現するための迅速な制度設計と説明責任の重要性を再確認し、これからも富士山の保全に取り組んでいきたいと思います。

浦郷敬
うらごうたかし

うらごうたかし 山梨県観光文化・スポーツ部富士山観光振興グループ富士山保全企画担当主査。佐賀県出身。山梨県庁に入庁後、リニア中央新幹線の用地取得・用地交渉の仕事や考古博物館勤務などを経験。令和3年から富士山関係業務に携わり、当初は富士山の保全・継承に関する業務や静岡県との富士山世界文化遺産協議会の取りまとめを担当。異動2年目の令和4年頃から登山規制の議論が始まり、令和6年度の富士山登山規制条例の制定・実施において中心的な役割を果たした。

インタビューアーカイブ
山田淳富士登山のスペシャリスト
田中みずき女性絵師
青嶋寿和マウントフジ トレイルステーション実行委員長
森原明廣山梨県立博物館学芸課長
渡邊通人富士山自然保護センター自然共生研究室室長
田近義博富士山ツーリズム御殿場実行委員会事務局長
中島紫穂富士山レンジャー
植田めぐみフリーカメラマン
外川真介上の坊project代表・天下茶屋三代目
山本裕輔印伝職人・印伝の山本三代目
金澤中シンガー・ソングライター
池ヶ谷知宏goodbymarket代表・デザイナー
田代博一般財団法人日本地図センター常務理事・地図研究所長
宮下敦成蹊気象観測所所長
加々美久美子御師旧外川家住宅館内ガイド&カフェ「北口夢屋」オーナー
土器屋由紀子認定NPO法人富士山測候所を活用する会理事・江戸川大学名誉教授 農学博士
福田六花医学博士・ミュージシャン・ランナー
舟津宏昭富士山アウトドアミュージアム代表
小松豊特定非営利活動法人 土に還る木 森づくりの会代表理事
菅原久夫富士山自然誌研究会会長・富士山の自然と花を観る会主宰
新谷雅徳一般社団法人エコロジック代表理事
堀内眞富士山世界遺産センター学芸員
杉山泰裕静岡県文化・観光部理事(富士山担当)
前田宜包富士山八合目富士吉田救護所ボランティア医師・市立甲府病院医師
高林恵梨子静岡県人事委員会事務局職員課任用班
今野登志夫陶芸家
遠藤まゆみNPO法人三保の松原・羽衣村事務局長、羽衣ホテル4代目女将
佐野彰秀バンブーアート作家
オマタタツロウ音楽家・画家
高橋百合子富士吉田市教育委員会 歴史文化課 課長補佐
内藤恒雄手漉和紙職人・駿河半紙技術研究会会長
太田安彦一般社団法人 ヨシダトレイルクラブ代表理事・富士吉田市公認富士登山ガイド
影山秀雄機織り職人 手機織処 影山工房主宰
江森甲二裾野市もののふの里銘酒会会長
中尾彩美富士山ビュー特急アテンダント
渡辺義基渡辺ハム工房
古屋英将株式会社ミロク代表取締役社長
井出宇俊井出醸造店・井出酒類販売株式会社営業部
望月基秀製茶問屋 株式会社静岡茶園 常務取締役
関根暢夫・ふじゑさん夫妻ふじさんミュージアム 手話ガイド
御園生一彦米久株式会社代表取締役社長
rumbe dobby手織り作家
小山真人静岡大学 教授 理学博士
勝俣克教富士屋ホテル 河口湖アネックス 富士ビューホテル支配人
漆畑信昭柿田川みどりのトラスト、柿田川自然保護の会各会長
日野原健司太田記念美術館 主席学芸員
渡井一信富士宮市郷土資料館館長
大高康正静岡県富士山世界遺産センター学芸課准教授
渡辺貴彦仮名書家
望月将悟静岡市消防局山岳救助隊員・トレイルランナー
成瀬亮富士山写真家
田部井進也一般社団法人田部井淳子基金代表理事、
クライミングジム&ヨガスタジオ「PLAY」経営
齋藤繁群馬大学大学院医学系研究科教授、医師、日本山岳会理事
吉本充宏山梨県富士山科学研究所 火山防災研究部 主任研究員
柿下木冠書家・公益財団法人独立書人団常務理事
菅田潤子富士山文化舎理事『富士山事記』企画編集担当
安藤智恵子国際地域開発コーディネーター
田中章義歌人
千葉達雄ウルトラトレイル・マウントフジ実行委員会事務局長、
NPO法人富士トレイルランナーズ倶楽部事務局長
松島仁静岡県富士山世界遺産センター 学芸課 教授(美術史)
大鴈丸一志・奈津子夫妻御師のいえ 大鴈丸 fugaku×hitsukiオーナー
有坂蓉子美術家・富士塚研究家
小川壮太プロトレイルランナー、甲州アルプスオートルートチャレンジ実行委員会実行委員長
飯田龍治アマチュアカメラマン
篠原武ふじさんミュージアム学芸員
吉田直嗣陶芸家
春山慶彦株式会社ヤマップ代表
中野光将清瀬市郷土博物館学芸員
久保田賢次山岳科学研究者
鈴木千紘・佐藤優之介看護師・2014年参加, 大学生・2015と2016年参加
松岡秀夫・美喜子さん夫妻「田んぼのなかのドミノハウス」住人
三浦亜希富士河口湖観光総合案内所勤務
石澤弘範富士山ガイド・海抜一万尺 東洋館スタッフ
大庭康嗣富士山裾野自転車倶楽部部長
杉本悠樹富士河口湖町教育委員会生涯学習課文化財係 主査・学芸員
松井由美子英語通訳案内士・国内旅程管理主任者
涌嶋優スカイランナー、富士空界-Fuji SKY-部長、日本スカイランニング協会 ユース委員会 委員長・静岡県マネージャー
岩崎仁合同会社ルーツ&フルーツ「富士山ネイチャーツアーズ」代表
門脇茉海公益財団法人日本交通公社研究員
渡邉明博低山フォトグラファー・山岳写真ASA会長
藤村翔富士市市民部文化振興課 富士市埋蔵文化財調査室 学芸員
勝俣竜哉御殿場市教育委員会社会教育課文化スタッフ統括
前田友和山梨自由研究家
杉山浩平東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 博士(歴史学)
天野和明山岳ガイド、富士山吉田口ガイド、甲州市観光大使、石井スポーツ登山学校校長
井上卓哉富士市市民部文化振興課文化財担当主幹
齋藤天道富士箱根伊豆国立公園管理事務所 富士五湖管理官事務所 国立公園管理官
齋藤暖生東京大学附属演習林 富士癒しの森研究所所長
池川利雄ノースフットトレックガイズ代表、富士山登山ガイド
松本圭二・高村利太朗山中湖おもてなしの会副会長, 山中湖おもてなしの会会員
関口陽子富士山フォトグラファー
猪熊隆之山岳気象予報士・中央大学山岳部監督
髙杉直嗣2021年御殿場口登山道維持工事現場代理人
羽田徳永富士山吉田口登山道馬返し大文司屋六代目
内藤武正富士宮市役所企画部富士山世界遺産課主幹兼企画係長
河野清夏フジヤマミュージアム学芸員
中村修七合目日の出館7代目・富士山吉田口旅館組合長・写真家
野沢藤司河口湖ステラシアター、河口湖円形ホール館長
三浦早苗ダイビング&トレッキングぴっころ代表
田部井政伸一般社団法人田部井淳子基金代表理事
橋都彰夫半蔵坊館長・わらじ館館長
上小澤翔吾富士登山競走実行委員会事務局
杉村知穂富士宮市教育委員会教育部文化課
河野格登山ガイド
鈴木啓悟富士山写真家
松山美恵山梨県富士山科学研究所自然環境科助手
黒羽徹リストランテ桜鏡総料理長
渡辺守写真家/富士登山ガイド/蕎麦職人/自然監視員/岡山理科大学非常勤講師
蒲生由希富士山好きがつくる富士山グッズFuG  代表
浦郷敬山梨県観光文化・スポーツ部富士山観光振興グループ富士山保全企画担当主査

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